KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

『魔笛』第1幕で善人役に見えた「夜の女王」が第2幕では一転して悪役になるが、モーツァルトはマリア・テレジアを「夜の女王」に見立てていたのではないか

押し入れを整理していたら昔テレビ放送を録画したVHSのビデオテープが出てきた。その中の1本に、1991年12月8日にNHK教育テレビ(現Eテレ)の『芸術劇場』が収められていた。この日の番組では、最初の1時間が『モーツァルト・オン・ツアー ウィーン・プラハ …

【ネタバレ満載】カズオ・イシグロ『クララとお日さま』詳論 〜 本作で一番戦慄した箇所は第四部中ほど(全体の3分の2くらい)のある場面だった

前回取り上げたカズオ・イシグロの『クララとお日さま』について、sumita-mさんのブログが弊ブログへの言及を含む記事を下記記事を公開された。それに触発されて、この小説についてもう少し書くことにした。 ところで、今回の記事のタイトルに【ネタバレ満載…

カズオ・イシグロ『クララとお日さま』(2021) を読む

今回は前回に予告したモーツァルトシリーズの最終回(『魔笛』篇)は先送りして、久しぶりに音楽と関係ない本の話題。 カズオ・イシグロの『クララとお日さま』(ハヤカワepi文庫, 2023)、これは昨年8月に文庫化され、本を買ったのは10月頃だったと思うが、…

モーツァルトには革命前夜の時代の空気をかぎとり、オペラで貴族が謝罪・破滅する物語を描いた先進性や、信念のためなら上に歯向かうベートーヴェン並の反骨心があった(高野麻衣氏)

昨年10月末に突然かつてのモーツァルト熱を再燃させて現在に至るが、年度末でもあり、弊ブログのモーツァルト関連記事に一区切りをつけることにした。 私は10〜20代の頃にモーツァルトの音楽にずいぶん嵌ったが、痛恨なことに当時の私は人間に対する関心が薄…

水谷彰良『サリエーリ - モーツァルトに消された宮廷楽長』(音楽之友社, 2004) を読む

明日には図書館に返さなければならないので、水谷彰良著『サリエーリ - モーツァルトに消された宮廷楽長』(音楽之友社, 2004)についてメモを残しておく。下記は2019年の復刊版へのリンク。 www.fukkan.com 本文を始める前に、弊ブログにいただいた下記コメ…

NHKオンデマンドで、宮城聰演出のベルリン国立歌劇場2022年公演 モーツァルトの歌劇「ポントの王ミトリダーテ」(K 87) を視聴した

吉田秀和の昔のNHK-FMの解説で最近聴いたモーツァルト14歳の時のオペラ『ポントの王ミトリダーテ』K87が、音楽だけではなく劇としても面白そうだったので、これは是非動画見たいと思ってネット検索をかけたところ、一昨年(2022年)のベルリン国立歌劇場公演…

森本恭正『日本のクラシック音楽は歪んでいる』(光文社新書,2024) の「調性音楽は階級を体現している」という主張には無理がある。また、専門家とは思えない教会旋法の説明のいい加減さに呆れた。

最初に読み終えたミステリについて少しだけ書いておく。 アガサ・クリスティのポワロものの31番目の長篇『ハロウィーン・パーティ』を、昨年新訳版が出たハヤカワ・クリスティー文庫で読んだ。旧版は中村能三(1903-1981)訳だったが、山本やよい氏(1947-)…

息子ヴォルフガングの天才に寄生して宮廷お抱えの楽師一家として余生を送ろうと企んだレオポルト・モーツァルトの野望を見破った女帝マリア・テレジア

先月読んだかげはら史帆さんの『ベートーヴェンの捏造』(河出文庫,2023)の印象はとても強烈で忘れ難い。 www.kawade.co.jp この本については、モーツァルトの没後268回目の命日に公開した下記記事の最後に少しだけ触れた。 kj-books-and-music.hatenablog.…

「伝ハイドン」→「伝レオポルト・モーツァルト」→「アンゲラー作」の「おもちゃのシンフォニー」をBGMにしたNHK「おかあさんといっしょ」のアニメと半世紀以上ぶりに再会した/「アルビノーニのアダージョ」は20世紀の研究家による偽作

これまで記事にしようと思いながらなかなか書けなかったクラシック音楽関係の暇ネタを放出することにする。 私が小学生だった1971年頃に、よくNHKの「おかあさんといっしょ」で昔ハイドン作と思われていた時代が長かったらしい「おもちゃのシンフォニー」をB…

「弾薬のように短気」だったモーツァルトとその苦難の人生

モーツァルトとベートーヴェンに関して、片割月さんと仰る方から2件のコメントをいただいた。反応が遅れて誠に申し訳ないけれども、以下にご紹介する。コメントを引用しようとして初めて気づいたのだが、下記のブログを運営されている。 nw7hvnc37uel.blog.f…

小澤征爾死去 〜 小澤と武満徹、小澤と大江健三郎、小澤と村上春樹の3冊の対談本が面白かった

小澤征爾が亡くなった。 私は小澤の音楽との相性が必ずしも良くなくて、ブログに名前を出したこともほとんどないし、CDも数えるほどしか持っていない。Macのミュージックに入れたのもチャイコフスキーの『白鳥の湖』全曲盤とチェロのムスティスラフ・ロスト…

「いつも何かを欲しがっているということは、あなたを不幸にする」と言ったモーツァルト弾きのピアニスト、マリア・ジョアン・ピレシュと、「業界を飼いならし、権力を手中に収めるという方法」をとった日本を代表するピアニスト中村紘子

マリア・ジョアン・ピレシュ(1944-)というポルトガル出身の女性ピアニストがいる。もう引退したが、29歳だった1974年に日本のDENONレーベルにモーツァルトのピアノソナタ全集をPCM録音したため、1970年代にNHK-FMで彼女の弾くモーツァルトがよくかかったの…

アガサ・クリスティ77歳の作品『終りなき夜に生れつく』は、クリスティ作品ベスト5に入れたい大傑作

久しぶりにアガサ・クリスティのミステリを取り上げる。 現在の私は作曲家・モーツァルトの生涯とその音楽を追うことに熱中しているが、3年前から熱中していたのがアガサ・クリスティの全ミステリ(アドバンチャーものを含む)を読むことで、昨年末の時点で…

モーツァルトの268回目の誕生日

今日1月27日はモーツァルトの誕生日。ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは今から268年前の1756年1月27日に生まれ、1791年12月5日、35歳10か月でこの世を去った。 私がモーツァルトにはまったのは中学生時代の1975年で、それから来年で半世紀になる。…

どうしようもない陰謀論者だったレオポルト・モーツァルトは息子ヴォルフガングを「神童ショー」に引き回し、息子の擁護者たちを疑い、彼らを不当に貶めて(=恩を仇で返して)息子の天才を実際以上に粉飾していた(呆)

もう1月も下旬に入り、1年で最も寒い季節になってしまったが、やっと2024年初の更新になる。 昨年10月末にかつてのモーツァルティアンの血が騒ぐきっかけがあって、何十年ぶりかでモーツァルトを聴きながら家に持ち帰った仕事を処理するという、学生時代を思…

モーツァルトのピアノ協奏曲第25番第1楽章は全曲が「運命の動機」に支配された、まさにベートーヴェンを呼び込まんばかりの音楽

すっかり暇なし状態が続いてしまった今年の12月だが、家に仕事を持ち込んだ時にも、その仕事をやりながら音楽だけは聴けるので、10月末に買い込んだマレイ・ペライアのモーツァルトピアノ協奏曲全集を2か月かけて聴き終えた。私は渋谷のタワーレコードの店頭…

吉田秀和曰く、モーツァルトが「ヴァイオリン助奏付きのピアノソナタ」をヴァイオリンとピアノの対等な二重奏曲に変えた(1982年放送NHK-FM「名曲のたのしみ」より)【前編】天才の変革には先駆者がいた

モーツァルトについてもう少し書いておきたい。 初めに、前々回に取り上げたK13のいわゆる「フルートソナタ」をオリジナル版で弾いた動画をリンクしたが*1、動画でピアノを弾いていた加藤友来(ゆら)さんという少女が成長してチェンバロ奏者になっているこ…

モーツァルトが母の死の悲しみを込めた(に違いない)ヴァイオリンソナタK304とピアノソナタK310/モーツァルトは母が死んだ当日、父と姉に母の重病を知らせる手紙を書き送った/大江健三郎『万延元年のフットボール』を読んだ

この週末は大江健三郎と吉田秀和を再発見というか、大江に関しては新発見した。このことによって、一昨日と昨日の土日は、いつまで続く(続けられる)かは全くわからない今後の人生において大きな転換点になるかもしれないと思った。 まず大江健三郎について…

モーツァルトの「フルートソナタ ヘ長調 K13」は、超天才作曲家が8歳にして書いた奇跡的な音楽ではあるが、後世の音楽家によって派手に改変されていた

2023年はまだ50日ほど残しているが、CDショップに行く頻度がここ数年ではもっとも多く、といっても2か月に一度くらいのペースだが(近年は年に1度しか行かないか、さもなくば全く行かないかのペースだった)、主にクラシック、一部にジャズのCDを買って聴い…

ブログ『海神日和』(運営者:だいだらぼっち氏) の連載ブログ記事「ピケティの新社会主義論」へのリンク集

トマ・ピケティの『資本とイデオロギー』(原書2019, 邦訳みすず書房2023=山形浩生・森本正史訳)は、邦訳が出たばかりの8月下旬に買ったけれどもまだ1ページも読んでいない。まとまった時間がとれないからだが、この本を読みながら連載記事を断続的に公開…

チェーホフ唯一の長篇『狩場の悲劇』(原卓也訳・中公文庫2022) を読む。クリスティ『アクロイド殺し』の先例であることより「信頼できない語り手」の「純粋な悪」ぶりが印象的

10月はここまでずっと仕事に忙殺された。少なくとも来年1月前半までは仕事に追われそうだ。しかもその3冊のうち1冊は、9月中に大部分を読んでいて月の最初の日である10月1日の日曜日に読み終えた本だった。それがアントン・チェーホフ(1860-1904)が20代半…

宮部みゆき『模倣犯』(一)〜(五)(新潮文庫)を読む。露文学者・亀山郁夫氏が書いた本書のレビューに注目した

初めにお断りしておきますが、この記事は表記作品のネタバレが満載ですので、当該の小説を未読の方にはおすすめしません。 8月最後の日曜日に区立図書館に行った時、今まで全巻揃っているのを一度も見かけたことがなかった宮部みゆきの『模倣犯』全5冊(新潮…

トルストイ「クロイツェル・ソナタ」を読む (第3回) トルストイの小説中のベートーヴェンのソナタの描写が実際の曲の流れと合っていない。この矛盾を解消した小説の改変版が広く流布している

先週公開したガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』の記事に、トルストイが『アンナ・カレーニナ』の中で、後年『オペラ座の怪人』ヒロインのモデルとされたスウェーデン出身の女声オペラ歌手に言及していたことに触れたので、3回連載を予告しながら未だに締…

「ホラー小説の先駆け」らしいガストン・ルルーの『オペラ座の怪人』(1910)も後半は冒険活劇だった

前回取り上げた『黄色い部屋の秘密』を書いたガストン・ルルーのもう一つの代表作『オペラ座の怪人』(1910)は昨日(9/2)、2022年に出たばかりの新潮文庫の村松潔訳で一気読みした。 www.shinchosha.co.jp 役者の村松潔は東京都江東区出身で1946年12月1日…

子ども時代にリライト版を読む前からネタバレを食ったガストン・ルルー『黄色い部屋の秘密』をようやく完読した

ミステリのネタバレは今では禁物とされているけれども昔は横行していた。私が小学生時代に子ども用にリライトされた版で読んだガストン・ルルーの『黄色い部屋の謎』も犯人を知らされた上で読んだから興味は半減だった。 この作品を自作のミステリ『複数の時…

宮部みゆき『小暮写眞館I〜IV』(新潮文庫nex,2017) を読む

私が現在住む東京都江東区出身のミステリ・歴史小説作家で私と同世代の宮部みゆきが2010年に書いた非ミステリの現代小説である『小暮写眞館』を読んだ。もとは講談社の創業100年を記念して2010年に刊行された作品とのことで、700ページを超える分厚いハード…

トルストイ「クロイツェル・ソナタ」を読む (第2回) 「クロイツェル・ソナタ」とアガサ・クリスティのとある中篇(短篇)小説とシェイクスピアの『オセロ』

少し間が空いたが、7月23日に公開した下記記事の続き。 kj-books-and-music.hatenablog.com トルストイの中篇「クロイツェル・ソナタ」は、妻の不貞を疑った夫が、仕事のために外出して空けているはずの家に帰ってきて、疑っていたヴァイオリニストが妻と一…

東野圭吾『レイクサイド』(2002)のあまりの腐臭にげんなりした

予定を変更して東野圭吾の「腐敗した」という感想しか思い浮かばない邪悪なミステリ『レイクサイド』(文春文庫)をぶっ叩くことにした。私は『容疑者Xの献身』(文春文庫)を読んで以来東野圭吾が大嫌いだが、たまに東野を批判するためだけに東野の小説を読…

トルストイ「クロイツェル・ソナタ」を読む (第1回) トルストイとは40代までの自分の放蕩生活を棚に上げて「禁欲主義」の説教を行った人。妻・ソフィアを「世界三大悪妻」に数え入れるのは明らかに理不尽

私が初めて読んだトルストイの小説は『アンナ・カレーニナ』で、もう40年前のことだった*1。これは面白かったが、次に読んだ『戦争と平和』にはへこたれた。特に、物語の流れをしばしば中断して長々と展開されるトルストイの自説の開陳に辟易し、それでもな…

船戸与一『砂のクロニクル』(小学館文庫)を読む

今週の超多忙期に入る直前の先週、もうすぐしたらネットもできなくなるし本も読めなくなるとわかっていたら、却って読書欲が増して半藤一利の『ノモンハンの夏』(文春文庫, 2001)と船戸与一の『砂のクロニクル』(小学館文庫上下巻, 2014)を相次いで読ん…