KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

チャールズ・ディケンズ作(佐々木徹訳)『荒涼館』(全4冊・岩波文庫)を読む

 読み終えてから少し時間が経ってしまったが、休日が多かった今年の黄金週間に、チャールズ・ディケンズ(1812-1870)の『荒涼館』全4冊(岩波文庫,2017)を読んだ。訳者は佐々木徹(1956-)で、図書館で借りて読んだ。

 

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 上記第4巻へのリンクから明らかなように、ミステリの要素も含まれる長篇だ。書かれたのはヴィクトリア朝時代の1852〜53年で、170年前の「英国社会全体」が描かれているという。

 読む気になったのは、図書館で第4巻の解説文(訳者による)を見た時だった。下記のように書かれている。

 

 アガサ・クリスティーは1966年*1「サンデイ・タイムズ」紙上で、次のように述べている――「一番好きなディケンズの小説は『荒涼館』です。プロットが本当によくできていますね。実は、前に一度依頼されてこの映画のシナリオを書いたことがあるのですが、まあ、何と豊かな登場人物たち! すばらしいキャラクターをたくさん切り捨てなければならないのがとても残念だったのをよく覚えています」。このシナリオは結局日の目を見なかったものの、クリスティーに話を持って行ったプロデューサーは慧眼の持ち主だったに違いない。『荒涼館』はミステリの一面を持っており、このジャンルの歴史の上でも重要な意義を持っている作品なのだから。

 

(チャールズ・ディケンズ(佐々木徹訳)『荒涼館』4(岩波文庫, 2017)486頁)

 

 解説文の冒頭からも引用する。

 

 『グレート・ギャツビー』の作者F・スコット・フィッツジェラルド*2は、1939年3月、当時大学生だった愛娘にあてた手紙の中で、『荒涼館』はディケンズの最高傑作であり、「反対刺激薬(カウンター・イリタント)」が欲しくなったら是非この小説を読むように薦めている。反対刺激薬とは、たとえばメントールのようにヒリヒリする刺激を与えることで別の箇所の痛みから気をそらせる薬を指す。苦い現実に接した時は、甘いものではなく、強い刺激のある本を読みなさい――フィッツジェラルドは娘への助言にそんな意味を込めているように思われる。なるほど、『荒涼館』は苦く厳しい真実を読者に突きつける。そして、辛口の社会批評に加えて、独特のユーモア、卓抜なストーリー・テリングを兼ね備えた本作は、確かにディケンズ芸術の一つの頂点を示しており、フィッツジェラルドの評価はまことに正当なものと言える。

 

(チャールズ・ディケンズ(佐々木徹訳)『荒涼館』4(岩波文庫, 2017)486頁)

 

 そこまで書かれたら読まないわけにはいかない。しかし読み始めには苦戦した。ことに全4巻のうち第1巻のハードルが高く、その中でも最初の2章のハードルは特に高い。しかし読み進めるにつれてペースはぐんぐん上がり、最後の第4巻はまる1日も要さずに一気読みした。

 

 以後、小説の内容に言及する。そもそも本作の具体的な中身について何も知りたくない方はここで読むのを止めていただきたい。

 また、本記事の後半部にはミステリ部分のネタバレが含まれる。ネタバレ部分の直前に再度お知らせするので、それまでの部分では殺人事件の犯人には言及しない。

 

 『荒涼館』は私が読んだ岩波文庫版の他に、1989年に刊行されたちくま文庫の4巻本があり、私が住む東京都の区内には、こちらだけ置いてある図書館もあった。ちくま文庫版は青木雄造(1917-1982)と小池滋(1931-)の共訳で、筑摩書店の「世界文学全集」第29巻として1969年に刊行された。図書館に多く(私の住む区内では5箇所に)置いてあるのは「筑摩世界文学大系」第34巻であって、こちらは1975年に刊行されている。なお、小池滋は東大文学部教授だった青木雄造の教え子らしく、ちくま文庫を見ると全部で69章からなる『荒涼館』の第1〜34章(筑摩文庫本では第1巻から第3巻の初めの2章まで)を青木、第35〜69章を小池が訳したことになっているが、Wikipediaの「青木雄造」の項にはとんでもないことが書かれている。以下引用する。

 

弟子(恐らく小池滋)と共訳(恐らく『荒涼館』)出版をすることになり、青木自身は前半を受け持ったが、青木がまるで仕事をしないので、小池が前へさかのぼって訳し、遂に第二章まで達してしまったという。

 

出典:青木雄造 - Wikipedia

 

 向坂逸郎岡崎次郎の『資本論』かよ、と思ってしまった。

 『資本論』といえば、やはりちくま文庫版の解説文をチラ見しただけなのだが、ディケンズ後期の『大いなる遺産』(1861)が『資本論』に匹敵する破壊力を持つとも評されていたらしい。

 後年の作家であるアガサ・クリスティが主にアッパー・ミドルの階級を描いたのとは対照的に、ディケンズが属していた階級はローワー・ミドルであって、その階級意識が作品世界に強く反映されていると指摘されているようだ。中流階級では二は属するもののアッパー・ミドルには属さないと思われる『荒涼館』のヒロイン、エスター・サマソンが労働者階級を見る目線にも階級意識が反映されていると、岩波文庫版訳者の佐々木徹は指摘する。以下、三たび岩波文庫版最終巻の解説文を引用する。

 

 エスターは19世紀の階層社会において、中流階級におさまっている人物である。だから、自分は下層の労働者とは身分が違う、と当然のように思っていた。これが社会の常識だったのである。ディケンズ自身は中流階級の底辺に近い家庭に生まれ、12歳の頃、経済感覚のない父親のせいで働きに出され、労働者の子供と交わらざるを得なかったことを非常な屈辱と感じた(父親は債務者監獄に入れられたため、彼はしばらく家族と離れて一人で暮らさねばならなかった――ディケンズ小説の孤児たちの原型がここにある)。イギリスの小説はどれを読んでも階級意識が窺えるが、その特徴がディケンズの作品には特に明瞭に現れている。

 

(チャールズ・ディケンズ(佐々木徹訳)『荒涼館』4(岩波文庫, 2017)484頁)

 

 マルクスの生前に刊行された『資本論』第1巻には、イギリスの苛酷な児童労働の実例を多く挙げた箇所があるが、『大いなる遺産』(私は未読)には具体的な児童労働が描かれているのではないかと思われる。だから、ディケンズより上の階級に属する人間が『大いなる遺産』が『資本論』に匹敵する破壊力を持っているとして脅威を感じたのではないかと推測される。なお、マルクス自身も「プロレタリアと一緒にされてたまるか」という階級意識を持っていたことを、労農派系の学者は指摘している。かつての社会党社会主義研究会は労農派系であり、彼らは等身大のマルクス像を描くことをタブーとはしなかった。そのあたりが、マルクスを神聖不可侵として祭り上げる傾向の強い講座派系(共産党系)と強い対照をなしているようだ。労農派、講座派の話は棚に上げたとしても、マルクスが「ルンペンプロレタリアート」を革命の担い手から除外していたのは誰も否定できない事実であって、それを捉えてのマルクス批判もなされている。

 

 『荒涼館』の周辺部ばかり述べてきたが、ここらから核心部に入ることにする。

 本作は、およそ半分が三人称、残り半分がエスターの一人称で書かれているという文体上の大きな特徴がある。クリスティが『ABC殺人事件』の主要部分をヘイスティングズの一人称で書き、ところどころに三人称の文章を挿入しているが、その先駆をなしている。

 読みやすいのはエスターの一人称の部分だが、英語の原文では最終章を除いて過去形の時制が用いられているのに対し、三人称の部分では現在形の時制が用いられているようだ。それは日本語の訳文に反映されてはいるが、なにぶん日本語には時制がないので対照の鮮やかさにやや欠ける。エスターの語りに平仮名が多用されているのはそれを補うための工夫だろうか。エス*3の語りに平仮名が多いのはちくま文庫版でも採用されている手法だが、岩波文庫版ではそれがかなり極端だ。それを読みにくいと感じる読者も少なくないようだが、私はそのような抵抗は持たなかった。

 初登場する第3章の最初で「りこうではない」と謙遜しながら自信なさそうに語り始めるエスターの語り口を印象づけるために平仮名を多用しているとも推測されるが、さほど読み進めないうちに、この謙遜はエスターの内心の自負心とはかなりかけ離れていることがわかってくる。読み進めるほどに他の登場人物の大多数と比較してエスターが聡明であることがはっきりするし、後述のエスターの出生の秘密からいっても、エスターが大変な美人である可能性が高いことがわかる。従って、エスターは「信頼できない語り手」の範疇に入るのではないかと思った。少なくとも語り手のエスターは自分の感情を真っ直ぐに表出してはいない。

 このあたりから、未読の方は知らない方が良いと思われる部分への言及を始める。まだ殺人事件のネタバレまでには若干の間があるが、私が「未読だが本作を読みたい読者」であれば知りたくないと思うに違いない内容が、このすぐあとの文章以降に含まれている。

 本作のミステリの部分は、実は(ある程度予想はしていたが)大したことはない。それよりもエスターの出生の秘密の方が興味深いのだが、実は本作の時系列以前に起きた出来事の全貌は明らかにされておらず、読者の想像に任されている。

 たとえば、エスターの実母であるレディー・デッドロックは、上流階級に属するサー・レスター・デッドロック准男爵と結婚する前はいかなる階級に属していたのかというのが不明だ。サー・レスターと同じ上流階級ではなく、中流階級ではないかと推測されるが明記されていない。

 また、浮浪児のジョーが罹患し、エスターが移されて顔に痕が残った病気は天然痘であると一般に解釈されており、その場合エスターの顔の痕は一生残るが、実は本作には病名は明記されていない。しかも、第64章で弁護士になったガッピーから再度求婚されたり、物語の最後で夫のアランに「きみはまえよりもきれいだよ」と言われたりしている。これを、人間として成長したエスターの内面の美しさを表現したとも解釈できるが、曲者はガッピーの再求婚だ。本作ではガッピーは俗物として馬鹿にした描き方がされていて、過去に美しかったに違いないエスター(本人の謙遜は「信頼できない語り手」なので全くあてにならない)の顔に病気による痕ができたのを見て目を丸くし、求婚を取り下げてしまったいきさつがある。そんなガッピーの再求婚については、最初読んだ時には「あんな奴にもいいところがあったのか」と思ったが、ネット検索をかけて、エスターの顔面の痕が薄れていったとの解釈があると知って、そちらの解釈に軍配を上げたくなった。その方が救いがあるのに加え、ガッピーのキャラクターによく合っていると思うからだ。この場合、エスターが罹患したのは「天然痘ではない正体不明の病気」だったことになる。丹毒(チフスの合併症)という病気だったとする説もあるようだ。

 エスターという「信頼できない語り手」の過去形での語りは、物語の進行、特にのちちに不幸な最期を遂げる登場人物の行く末を示唆するとともに、以下は私の発見ではなくどこかで指摘されていたの受け売りだが、自分の感情を他の人物の感情にすり替えて語る癖がある。また、本当は自分の顔の変化を非常に気にしており(それはどんな人にとっても自然な感情だろう)、それがアラン・ウッドコートに対する真情を語らない理由になっているのではないかと私は思ったが、これには同感の読者が多いのではなかろうか。

 また「良い人」としてしか描かれていないジョン・ジャーンダイス氏が早い時期からエスターを結婚相手に想定していたことは明らかだが、最終的にはエスターの本当の気持ちを承知しているジャーンダイス氏が自ら身を引いている。このあたりは「本当に良い人かどうか十分には信頼できなかったジャーンダイス氏は、それでもやっぱり良い人だった」という無難な結末だといえる。

 そしてどうなっているのかと最初からずっと訝っていた「ジャーンダイス対ジャーンダイス」の訴訟におけるエイダ、リチャードとジャーンダイス氏との利害関係は、結末近くになって初めて明らかにされる。クリスティのミステリを多く読んできた私は、三者、特に「エイダとリチャード」と「ジャーンダイス氏」とは実は対立する利害関係にあるのではないかとずっと疑ってきたが、その想像が当たっていたことが第62章「もう一つわかったこと」で初めて明かされた。それとともに、新たに見つかった遺言書によってジャーンダイス氏の取り分は減り、エイダとリチャードの取り分が増えることが明らかになった。このことから推測されるのは、ある時期からリチャードがジャーンダイス氏を憎むようになったのは、互いの利害関係が対立していることをリチャードが知ったからではないかということだ。

 そしていつ果てるかわからないかに思われた訴訟は結審を迎えるが、それはエスターが予期した通り、エイダとリチャードを金持ちにする結果ではなかった。ジャーンダイス家の遺産が訴訟によって消尽された結果だったのである。このくだりには意表を突かれた。「やられた」と思った。この結審にショックを受けたリチャードは、それまでにも進行していた病気を悪化させて死んでしまうが、リチャードの悲劇的な最期はエスターの語りにたびたび予告されていた。

 そしてエスターの母の死。それに至る失踪した母の追跡劇は、アガサ・クリスティの作品のいくつかを思い出させた。彼女のアドベンチャーものには追跡劇がよく出てくるが、それらではなく、ポワロを探偵とするミステリものの『もの言えぬ証人』の追跡劇が強く連想された。悲劇性が共通している。『もの言えぬ証人』も多くの読者にとっては「意外な犯人」だったに違いない*4

 これ以降にミステリ部分のネタバレが含まれる。

 本作では謎の死を遂げる人物が3人いるが、クリスティ作品を読みすぎの私は3件とも殺人事件で、犯人はあの人なのかなと思ってしまった。とはいえ1件目はあの人が殺したと考えるのはさすがに無理があるとも思ったし、肝心の3件目があの「意外な犯人」である可能性も頭に入れてはいたが、後者についてはミステリ小説の要素もあるとはいえミステリ小説そのものではないのだから「意外な犯人」でないのかもしれないと思って強引に読み進めた結果、まんまとディケンズのミスリードにはまってしまった次第。

 まず何より、殺人事件は1件だけだった。1件目は本当にアヘン中毒死だったし、2件目の「酒飲みの自然発火による死」も(驚いたことに)本当にその通りの設定だった。当時信じられていた俗説をディケンズが信じていたものらしい。ちくま文庫版ではそれに関する注釈が詳しかったらしく、読書サイトを見る限り、同文庫版でこの箇所を誤読した読者はほとんどいなかったようだ。あるいは岩波文庫版にもきっちり注釈されていて、私が読み飛ばしただけなのかもしれないが、私は秘密を隠匿したいに違いにないあの人が「殺った」のではないかと疑ってしまった。

 そして第3巻の終わり近くに起きた殺人事件。ここではディケンズは露骨にあの人、つまりエスターの母であるレディー・デッドロックが犯人であるかのようなミスリードを行っている。最初に逮捕されたジョージが犯人でないのは明らかだったが、バケット警部はサー・レスターに向かって「犯人は女でした」*5と告げる。ところが、バケット警部が名指しした真犯人はレディー・デッドロックではなく、彼女のかつてのメイドだったフランス人・オルタンスだった。この登場人物がレディー・デッドロックに恨みがあることを私は気に留めてはいたのだが、クリスティ作品でもあるまいしオルタンスではなく順当にデッドロック夫人が犯人だろうと高をくくっていたらやられてしまった。

 とはいえ、バケット警部の推理はザルもいいところで、読者に十分な手がかりが与えられているわけでも何でもないから、別に犯人当てできなくても問題はない。この場面に引き続いて失踪したデッドロック夫人をバケット警部とエスターが追跡する緊迫した場面が続くが、こちらの方が印象に残るしはらはらどきどきする。しかし、追跡に時間がかかりすぎることなどから、徐々にデッドロック夫人の死で終わるだろうなその想像が強まり、その場面に備えて十分な覚悟を持って読み進めざるを得なくなる。そして、夫人が倒れている挿絵に遭遇した。原著に収録され手いたと思われる「朝」と題するこの挿絵は岩波文庫版第4巻の305頁にあり、「それは死んでつめたくなった母の顔でした」とエスターが語る。この場面が本作の悲しいクライマックスだった。これが第59章で、このあとの第60〜69章は収束への過程になる。最後の第69章でエスターが初めて現在時制を用いて語っている。

 なお、デッドロック夫人の遺体を発見する場面で、デッドロック夫人と煉瓦造り職人の妻・ジェニーの服装が交換されているのは、社会において階級間の移動が行われるようになることを暗示しているとみられる。この指摘は多くなされている。

 また、デッドロック家の女中頭であるラウンスウェル夫人の長男が鉄工所を経営し、ホイッグ党自由党の前身)と見られる政党から選挙に立候補して当選するが、これは1830年の選挙によってであろうと推測されるようだ。本書が書かれたのは1850年代初頭だが、鉄道網が建設中だったことから1830年代と推測され、かつトーリー党(保守党の前身)からホイッグ党への政権交代が起きたのは1830年だった。1760年の産業革命開始から70年。新興の中産階級ブルジョワホイッグ党の代議士になる時代になった。但し、イギリスで普通選挙が始まったのはずっとのちの1918年であって、ホイッグ党も必ずしもブルジョワ政党ではなく、構成員にも上流階級の人間が多数いたらしい。

 そうではあっても、選挙結果はトーリー党と思われる政党を支持するサー・レスターには痛手だった。夫人に家を出て行かれた上に死なれ、選挙結果も望みに反したサー・レスターは病気で倒れて死には到らなかったものの再起不能となり、デッドロック家は凋落していった。

 文学的素養を全く欠く私が(これは決して「信頼できない語り手」の謙遜ではなく事実だ)年をとってから小説を多く読むようになったのは、いろんな時代やいろんな国の社会が活写されているフィクションから、その地域及び時代の社会を理解する手がかりが得られる楽しみがあることを知ったからだ。

 本作には殺人事件の箇所に限らず、最初読んだ時にはわからない伏線があとでつながる箇所が多い。たとえばヒロインのエスターの母は第2巻の前半で、父は同じ第2巻の後半で明らかになある。ジョージがラウンスウェル夫人の次男であることも、ある箇所に固有名詞が出てくることから推測可能だとの未確認情報を得た。

 つまり、本書には種明かしをされたあとの再読の楽しみがあると思われる。また、前述のように明らかにされていない部分も多いので、明らかにされた情報を元にそれを推測する楽しみもあるだろう。

 しかしなにぶんにもあまりにも長い小説だ。本作を再読するよりも、まだ読んでいない本を読む方を優先せざるを得ない。

 今後、ある年数を無事生き長らえることができて仕事をリタイアし、なおかつとれる時間がまだ残されているという幸運が得られるなら、本作を是非再読したいと思った。

 なお、岩波文庫版には「主な登場人物」が各巻4頁にわたって紹介されているのが非常に親切だと思った。かなりマイナーな登場人物まで網羅されている。ちくま文庫版はそうではない。また岩波文庫版には挿絵があるが、ちくま文庫版にはない。以上の理由から、岩波かちくまかの選択であれば岩波文庫版が断然おすすめだ。

 ネタバレの被害にほとんど遭うことなく(ごく一部、文庫本のカバーに不要な情報が書かれていたのが例外だった)大作を読み終えることができて良かった。そう言いつつネタバレ満載の記事を書いてしまったが。

 ディケンズの長篇は1980年代に新潮文庫で『デイヴィッド・コパフィールド』を読んで以来。誰だったか日本の小説家が薦めたから読んだのではなかったかと記憶する。その他の長篇は全然読んでいなかったが、遅ればせながら他の作品も読んでみようかと思った。

*1:原文は漢数字=引用者註、以下同様。

*2:(1896-1940)=引用者註。

*3:ちくま文庫版ではヒロインは「エスター」ではなく「エスタ」と表記されている。名前の表記では岩波文庫版のジャーンダイスがちくま文庫版では「ジャーンディス」と表記されているのが大きな違い。

*4:クリスティの好むパターンを発見していた私は真犯人に気付いてしまっていたが、その人物の死と、その人物に対する「意外な墓碑銘」(「間抜けな語り手」であるヘイスティングズの論評)は印象に残った。

*5:岩波文庫版第4巻119頁。

「翼をください」(赤い鳥、1971)は1977年に高校の音楽教科書で初めて知った

 NHKの朝ドラなど見なくなってから四半世紀が経つが*1、現在放送中の「ちむどんどん」に、1971年の沖縄で「翼をください」が歌われていたのに違和感を持ったと書かれた記事があることを、下記ブログ記事経由で知った。

 

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 記事の前半は、沖縄返還の1972年5月15日(月曜日だったらしい)に、京都の学校が「半ドン」となり、午後の授業がなかったという話。私は兵庫県在住の小学生だったがその日の午後の授業があったかなかったかは全く覚えていない。

 後半が「翼をください」の話になる。元記事へのリンクを下記に示す。

 

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 要約すると、1971年に「翼をください」という歌など知らなかった。それもそのはず、この歌は同年に発売された「赤い鳥」のシングル盤「竹田の子守唄」のB面曲だった。それがラジオ放送等により知られるようになった。音楽の教科書に載って学校の授業で歌われるようになったのは少しあとのことだ、とのことだ。

 実は私がこの歌を知ったのも、高校の音楽の教科書に出ている楽譜を見た時だ。1977年のことだった。コード進行がかなり変わっている。「赤い鳥」のボーカル・山本潤子はC(ハ長調)のキーで歌っているが、2〜3小節目に早くもC/B♭→ F が出てきてサブドミナントへの傾斜を見せたと思ったら、5小節目でD/C、つまりダブル(ドッペル)ドミナントが出てきて、予告とは逆方向、つまりドミナント(G)へ転調する(7小節目まで)。またサビの部分で二度B♭が唐突に出てくる。これらが面白いと思った。なおコードは教科書に載っていたように記憶する*2。下記YouTubeの動画にコード進行が示されている。

 

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 この記事を書きながらいくつかYouTubeの動画を視聴したが、やはり最初にシングルを出した山本潤子の独擅場だと思った。オリジナルのシングル(結構テンポが速い)の他、テンポの遅いバージョンやロック色の強いバージョンなどいろいろあって、どれも面白かった。女性歌手でこの曲をCのキーで歌える人は少ないだろう。あの高音に特徴のある岩崎宏美のシングルでも高いFの音はほとんどなかったように記憶する。それを山本は楽々と歌っているように聞こえる(もちろんMISIAあたりなら楽勝だろうけど)。同じ山本でも「ふたりっ子」のイモ役者とは雲泥の差だ。但し後年の動画ではさすがの山本もキーを下げて(Aで)歌っていた。なお、サビに出てくるダブルサブドミナントはバージョンによっては他のコードに差し替えられている。たとえば視聴回数がもっとも多いと思われる下記の動画で山本はAで歌っているが、二度目のダブルサブドミナントはG(原曲ではB♭)がB7/A(同D7/C)に代えられている。これも悪くはなく、同じパターンを繰り返すのではなく二度目には違うコード進行で、という意図なのだろうが、私はオリジナルで覚えているのでそちらに軍配を上げてしまう。

 

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 他の人たちの動画もいくつか視聴したが、いずれも山本潤子(赤い鳥)には及ばないというのが私の感想だ。中でも最悪だったのは平原綾香のバージョンで、私が視聴した動画ではキーをGあたりに下げて歌っていた上、歌い出しの部分のコード進行が滅茶苦茶だった。あまりにもセンスがない編曲に呆れて、サビの部分の前に視聴を止めてしまった。もちろん一番悪いのは編曲だが、こんなのを認めてこれで歌ってしまう平原も平原ではなかろうか。

 

 なお、Wikipediaによると、

 1973年9月25日にはやまがたすみこが『あの日のことは やまがたすみこフォークアルバム第二集』の1曲としてカバーし、澄んだのびやかな歌声でこの曲のファンを増やした。

とのことだが、やまがたすみこバージョンには残念ながら接していない。

 

 上記Wikipediaの続きの部分を少し引用する。

 

1976年以後、音楽教科書にもたびたび掲載されている[1]。教科書出版社の教育芸術社橋本祥路が教科書に収録して以来、合唱曲として有名となり、1970年代後半から学校教育の場でもよく採り上げられるようになっていた。そのため、日本国内では老若男女誰もが歌える愛唱歌である。

FIFAワールドカップフランス大会予選のUAE戦(1997年10月26日開催)からサッカー日本代表チームの応援歌として歌われるようになった[2]。1998年にはこれに便乗する形で小宮悦子川平慈英山本シュウらによって結成された企画ユニット「ザ・つばさーず」が「翼をください」をレコーディングし、同年3月発売のミニアルバム『サッカー天国』に収録した。

1998年長野オリンピックでは山本潤子版が、2021年2020年東京オリンピック開会式ではスーザン・ボイルの英語詞版が流れた。

2007年には「日本の歌百選」に選出された。

 

出典:翼をください - Wikipedia

 

 ああ、そういやW杯の予選で歌われてたっけなあ、と思い出した。これも四半世紀前の1997年のことだ。私が1977年に音楽の教科書で接したのは、この歌を音楽の授業で教えるようになって2年目という早い例だったようだ。

 しかし「日本の歌百選」というのには抵抗がある。あの技巧的なコード進行や転調は全然「日本らしくない」と私には思われるからだ。これは間違っても悪口ではないので誤解なきよう。

*1:最後に熱中して見たのは、あの山本太郎なる大根役者が出演していた「ふたりっ子」(1996-97)だった。

*2:但し教科書に載っていた楽譜のキーがCだったか、それともB♭(変ロ長調)あたりに移調されていたかまでは覚えていない。CかB♭のどちらかだったような気はするが。

保守野郎・エルガーが編曲した「ジェルサレム」が英労働党で愛唱され、左派人士・ホルストの「ジュピター」に歌詞をつけた愛国歌が右翼ネオリベ政治家・サッチャーの葬式で歌われていた

 前回に続いてイギリスの作曲家、エドワード・エルガーグスターヴ・ホルストとイギリス二大政党の話。

 

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「威風堂々」に対して、労働党の愛唱歌は「ジェルサレム」。今回書きたかったのはこの「ジェルサレム」の方なのだが、その余裕が今はない。

 

 「ジェルサレム」は全く知らなかったのですが、Wikipediaを見るとこんなことが書いてありました。

 

エルサレム」(英語Jerusalem)は、18世紀イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの預言詩『ミルトン』(Milton)の序詩に、同国の作曲家サー・チャールズ・ヒューバート・パリー1916年に曲をつけたオルガン伴奏による合唱曲。後にエドワード・エルガーによって編曲され管弦楽伴奏版も作られた。毎年夏に開催されている「プロムス」の最終夜において国歌『女王陛下万歳』、エルガーの『希望と栄光の国』と共に必ず演奏される。更にはラグビークリケットでのイングランド代表が国歌として使用しているなど、イギリス国内では様々な場面において特別な扱いを受けている歌である。労働党大会では『赤旗の歌』とともに必ず合唱され、他方では極右政党の党歌にもなっている。

 

出典:エルサレム (聖歌) - Wikipedia

 

 「ジェルサレム」(エルサレム)はエルガーが編曲して極右政党の党歌である一方、労働党大会で必ず合唱され、BBC主催で毎年夏にロンドンで行われる音楽祭「プロムス」では例のエルガー帝国主義万歳ソングや女王万歳ソングとともに必ず歌われる、「『右』も『左』もない歌、ってところでしょうか。

 「プロムス」は2009年に一度だけNHK-BSで見たことがあって、その時にはハイドンのトランペット協奏曲や、イギリスに帰化したジョージ・フレデリック・ハンドル(日本ではドイツ名のヘンデルで呼ばれる)のオペラ(題名は失念)だのを視聴しました。なかなか楽しそうな音楽祭だなとの印象でしたが、以後視聴したことはありません。

 エルガーの問題の音楽については‥‥

 

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このときも、「威風堂々」は保守党の愛唱歌なので政治的にバイアスがかかっているといったコメントがあったような気がする。

 

 そうそう、2015年に文句をつけていた黒川滋氏(彼の指摘によって私はエルガーの一件を知ったのでした)がツイートしてたんじゃなかったでしたっけ。黒川氏の持ちネタといえるかもしれません。

 

 ところで、上記「ねとらぼ」から転載された上記記事に、下記のヤフコメがついていた。

 

記事にもあるようにエルガーの威風堂々第1番は歌詞が付けられ【Land of Hope and Glory(希望と栄光の国)】という超メジャーな愛国歌としてイングランドの人達に歌われています。 非常に口ずさみやすく気分が高揚する心の琴線に触れるメロディで、日本の紅白歌合戦の【蛍の光】のように英国国営放送のイベントで毎年歌われており誰もが知る曲となっています。 同じような経緯で歌詞が付けられた愛国歌にホルスト作曲の「惑星」より【木星】があります。平原綾香さんが歌ったメロディですね。 然しながらイギリスでは理想国家を希求する崇高な愛国歌であり、日本で歌われるような個人的な恋愛歌ではありません。 曲も「宇宙を描いた」訳ではありません。何人かの歌手が「宇宙を感じるメロディ」と言っているのを聞いた事がありますが、あれはタロットカードの暗示【快楽の神】からイマジネーションを得て作曲したものです。

 

 そんなわけでホルストの「ジュピター」(組曲『惑星』の第4曲「木星」)のゆっくりした中間部につけられた歌詞を持つ「我は汝に誓う、わが祖国よ」をWikipediaで参照すると、下記の記述があった。

 

イギリスの愛唱歌[編集]

1926年第一次世界大戦休戦協定記念式典で演奏されて以降、イギリスでは11月11日のリメンブランス・デー戦没者追悼の歌として歌われるようになった。1926年に賛美歌集 "Songs Of Praise" に収録されたときには、ホルストの友人レイフ・ヴォーン・ウィリアムズによって『サクステッド』と名付けられた。ホルストが曲を付けた背景に関しては、ホルストの娘イモージェンが以下のように証言している。

「歌詞に曲をつけるよう求められたとき、父は働きづめで大変疲れていて、『木星』の音に歌詞を合わせることに安らぎを感じていた。」[4]

ロイヤル・ブリティシュ・リージョン(w:Royal British Legion )によるリメンブランスデーの式典(11月11日の直前の日曜日もしくは土曜日に開催される)では女王、王族を含む参列者全員によって歌唱される(外部リンクを参照)。 王太子ダイアナがこの聖歌を好んだとされ、チャールズ王太子との結婚式で演奏されたほか、1997年のダイアナ妃の葬儀の際には長男ウィリアム王子の要望で演奏された。また2013年マーガレット・サッチャー元イギリス首相の葬儀でも歌唱されたほか、2021年エディンバラ公フィリップの葬儀では吹奏楽で演奏された。

 

出典:我は汝に誓う、我が祖国よ - Wikipedia

 

 ホルストの「ジュピター」はサッチャーの葬式でも歌われたのだった。「喜べ、地獄が民営化されたぞ!」との祝意でもあったのだろうか。

 なお、平原綾香武満徹も歌っていたらしい。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 Jiyuuniiwasate

今回の記事についていうと、
もうずいぶん前だが、テレビの歌番組で
平原綾香が「燃える秋」をうたっているの見て腰を抜かした。
これはよほどの通でないと取り上げない曲で、
平原にはよほどのブレーンがついているんだろうなと思った。
以下は、ハイファイセットのオリジナル。
https://www.youtube.com/watch?v=t25VumoZ2Q0

 

 下記は上記コメントへの私の返信。

 

 kojitaken

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「燃える秋」は私が愛聴する石川セリの『SERI -TORU TAKEMITSU POP SONGS』(1995) には収録されてないんですよ。石川にはこの曲を含むCDもあるようですが、そちらは持っていません。私が持っているのは、ドミニク・ヴィスというカウンターテナーのクラシックの歌手が2002年に録音した『武満徹を歌う』というCDで、これには「燃える秋」が入っています。以前からずっと、どうもどっかで聴き覚えがあるような気がしてましたが、1978年にハイファイセットが出したシングルのB面でしたか。この歌のハイファセット版のほか、武満徹作品でないA面の「熱帯夜」という歌も聴いてみましたが、こちらは冴えない歌で全然記憶にありませんでした。1978年の歌謡曲だのニューミュージックだのは、深夜放送漬けになっていた当時の私はイントロ当てでほとんど正解できるほど熟知していたつもりですが(キャンディーズが引退し、ピンクレディーが『UFO』でレコード大賞を獲ったものの紅白歌合戦には出ないで日テレの番組に出た年でしたっけ。そうそう、ヤクルトが初優勝した年ですね)、「燃える秋」はB面曲だし、耳にする機会も数えるほどしかなかったに違いありません。でも、言われてみたら遠い昔に武満徹ハイファイセットに曲を提供したという話があったようなかすかな覚えがあるような気もしますが、錯覚かもしれません。

「燃える秋」は前記石川セリの『SERI -TORU TAKEMITSU POP SONGS』収録曲よりも少し劣るような気がしなくもありません。一捻りが足りないというか。

あと、いわくつきの映画の主題歌だったということは初めて知りました。

 

 「いわくつきの映画」については下記Wikipediaの記述を参照。

 

概要[編集]

三越社長の岡田茂の企画で制作された。三越の資金10億円を映画製作費に使ったとされる。この破格の予算に物を言わせて、小林正樹、稲垣俊、村木忍、武満徹といったスタッフを集結させた。当初、主演は三越のCMに出演していた栗原小巻で企画されていたが[1]、スケジュールが合わず、五木寛之がテレビCMで目にとめた真野響子が起用された[2]。岡田は三越の専属配送業者である大和運輸(現ヤマトホールディングス)に映画前売券の購入を強要し[3]公正取引委員会からの調査を受け[3]、大和運輸は三越と絶縁した。このような岡田による会社の私物化が社内で問題視され、後に岡田は解任された(三越事件)。そのため、この映画も三越の恥として公開後はお蔵入りとなり、ビデオソフト化はされていない。

以上の経緯のため、現在では幻の映画である半面、武満が担当した音楽が比較的よく知られており、稀に映画祭などで特別上映されると、かえって集客力のある奇妙な立ち位置の作品となった[注 1]

あらすじ[編集]

画商・影山(佐分利信)の愛玩品として弄ばれることに疲れきった桐生亜希(真野響子)が、京都祇園祭宵山の雑踏の中で若い商社マン・岸田(北大路欣也)に出会い、ペルシャ絨毯の美を教えられる。やがて影山はガンに侵され、亜希にペルシャ絨毯とそれを生んだイランへの航空券を残して死ぬ。亜希は影山の遺志でイランに旅立つ。

 

出典:燃える秋 - Wikipedia

 

 三越事件の発覚は1982年だが、それよりも映画がイランのパフラヴィー(パーレビ)王朝末期の作品だったことが興味深い。イラン革命は1979年2月に成就した。

 ハイファイセットが歌った武満徹の曲は、武満がビジネスライクに徹して書いた不本意な音楽だったともいわれている。ようだ。だから石川セリの名盤『SERI -TORU TAKEMITSU POP SONGS』(1995) に収録されなかったのかは知る由もないが。

 石川セリ版には発売当時に武満徹自身の推薦文が添えられていたが、発売のわずか数か月後に武満徹が死去したのだった。命日は1996年2月20日

行進曲「威風堂々」で有名なエルガーは、自らの曲を保守党以外には使わせなかったつまらない保守作曲家だった。しかも「威風堂々」につけられた歌詞には、領土拡大を礼賛する帝国主義的な一節が含まれている。まるでプーチンの応援歌だ

 私は2014年にコナン・ドイルシャーロック・ホームズ全集を小林司東山あかね訳の河出文庫版で読み、昨年1月以来アガサ・クリスティの全ミステリ読破を目指して読み続けている。後者については今月もミス・マープルもの長篇第7作の『パディントン発4時50分』(原著1957, 松下祥子訳ハヤカワ・クリスティー文庫版,2003)を読んだ。

 

www.hayakawa-online.co.jp

 

 この作品はキャッチーな題名のせいか、読書サイトを見ると「初めて読んだミス・マープルもの」という読者が多数いて、多くの方が「意外な犯人」に驚いていたが、クリスティ作品をずっと読んできた私は既にクリスティの「癖」を熟知するに至ったので、クリスティが初期の作品からずっと続けてきたある特徴に当てはまる犯人候補を解決の場面より前に一人に絞り込むことができ、今回も犯人当てにだけは成功した。クリスティの「癖」とは何かということは、ここでは書かない。そんなことは読者一人一人が気づくべきことだからだ。

 犯人当てだけはできたけれども、「犯人がわかってしまってつまらない」作品では決してなく、楽しく読めた。本作は作者66歳か67歳の時に書かれた、中期と後期のどちらに分類されるのかは知らないが、70歳近くなっても筆力の衰えはあまり見られない。「あまり」と書いたのは、さすがに「全く見られない」とまではいえないと思ったからだ。まあこの頃のクリスティ作品はまだほとんど読んでいないので評価は保留するが。

 とはいえ、1930年代後半に書かれたポワロものの『死との約束』と『ポワロのクリスマス』で続けざまに犯人当てに完敗したあと、1940年代から50年代の作品にかけてはそのような作品にはほとんど出会えずにいる。これらの作品の多くには、前述のクリスティの「癖」に当てはまる登場人物がいて、だいたい犯人の見当がついてしまうのだ。それでも読ませるところが中期・後期クリスティの特徴といえるかもしれない。

 ところで、コナン・ドイルアガサ・クリスティもゴリゴリの保守派人士だった。しかし彼らが書いたミステリは面白いし、ことにクリスティは年を経るに従って人間観・社会観が初期の紋切り型から変化して深みを増していったことが感じられる。

 しかし、イギリスの大作曲家とされるエドワード・エルガー(1857-1934)はそうはいかない。

 本記事を書こうと思ったのは、『kojitakenの日記』の下記記事にいただいたコメントがきっかけだ。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 suterakuso

>ましてやチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は派手ではあるが内容の深さを欠く

うぐっ…。実はけっこう好きなんです。もちろん、冒頭の派手なピアノの部分だけですけど…。幼少期に早朝に見ることがあった、テストパターンのバックミュージックへの親しみのせいかもしれませんが。まあ、クラシックで好きなものといえば、威風堂々とかジュピターとかをあげるような人間が好きという程度のことですけど。これらは、簡単演奏編曲のしやすさもありますよね。ちなみに、好きな作曲家を強いてあげればバッハでベートーベンなら悲愴第2楽章が好きとかです。…それ、クラシック好きやない! ですかね。

 

 「ジュピター」という文字列を見た時、最初はモーツァルトかと思いましたが、違いますよね。平原綾香、もといホルストのほうですよね。私のような世代だと、1976年に冨田勲シンセサイザー用に編曲した印象が、平原綾香(2003)と同じくらい強く残っています。

 グスターヴ・ホルスト(1874-1934)は今回槍玉に挙げるエルガーと同じくイギリスの作曲家*1ですが、思想信条はエルガーとは対照的な左派で、私は『惑星』以外の彼の作品をほとんど知りませんが、『惑星』は冨田勲シンセサイザーより元のオーケストラ版の方が良いと思います。冨田勲なら『惑星』より前の3作の方が良かったという印象かな。ドビュッシーアラベスク第1番はピアノ曲より前に冨田勲で知りました。

 なお下記ブログ記事によると、ホルストには「日本組曲」というタイトルの曲もあるとのことです。

 

flautotraverso.blog.fc2.com

 

 さて、ようやく本題のエルガー批判に入る。といっても以前『kojitakenの日記』に取り上げたのと同じ内容で、ただこちらのブログを立ち上げる前の記事だったので、「読書と音楽の」と銘打ちながら音楽の記事がほとんどない弊ブログに音楽の記事を入れておこうと思った次第。

 上記コメントで言及されている「威風堂々」はエルガーで唯一広く知られた行進曲だが、作曲者のエルガーがとんでもなくつまらない保守野郎だったという話だ。

 以下は『kojitakenの日記』2015年5月9日付記事からそっくり引用する。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 エドワード・エルガーは、ネット検索をかけなければファーストネームが思い出せない程度の、普段全く気に掛けていなかったイギリスの作曲家である。その作風はきわめて保守的であって、面白みも何もない。表向き保守的な印象でありながらその実十二音音楽の始祖シェーンベルクに影響を与えたブラームスとも違って、エルガーの音楽は骨の髄まで保守的なのだ。芸術の保守(革新)性と政治的立場のそれとは必ずしも一致せず、むしろ相反する例が多いような印象も持っているが、エルガーの場合はみごとに一致していたらしい。保守党の勝利に終わった今回のイギリス総選挙の結果は、さぞエルガーのお気に召すことだろう。


 5/8 史上初の任期満了による英国総選挙: きょうも歩く(2008年5月8日)より

  • 日本では、行進や卒業式などに使われる「威風堂々」という曲、作者エルガーは、保守党政権の英国を鼓舞する趣旨で作曲したので、労働党員には使わせるな、と言っていたらしくて、残念な話だなぁ、と私は思っています。


 この話、知らなかったので調べてみたら、確かにエルガーの遺志によって保守党以外の政党には「威風堂々」を使わせないことになっているらしい。

 希望と栄光の国 Land of Hope and Glory エルガー

希望と栄光の国
Land of Hope and Glory
エルガー「威風堂々」中間部のメロディがイギリス愛国歌に


イギリス愛国歌『希望と栄光の国 Land of Hope and Glory』は、イギリスの音楽家エルガー作曲による『威風堂々』第1番のメロディに歌詞をつけた楽曲。作詞はイギリスの詩人アーサー・クリストファー・ベンソン(Arthur Christopher Benson)。

『威風堂々』第1番は1901年に作曲され、同年10月22日にロンドンのクイーンズホール(Queen's Hall)で開催されたコンサートでは、当時としては異例の2連続アンコールが巻き起こったという。

イギリス国王エドワード7世も絶賛

当時のイギリス国王エドワード7世(Edward VII/1841-1910)も同曲を絶賛。エルガーは国王の依頼を受け、その中間部の壮麗な旋律に歌詞をつけて、翌年に作曲した『戴冠式頌歌 Coronation Ode』終曲として、この『希望と栄光の国 Land of Hope and Glory』を誕生させた。

その後、同曲はイギリスの愛国歌・第2の国歌として位置づけられ、独立した楽曲として演奏される機会が多い。ロンドンで夏に開催されるクラシック音楽コンサート「ザ・プロムス / The Proms / BBCプロムス」では、その最終夜「Last Night of the Proms」のアンコールで恒例として毎年必ず演奏されている。

サッカー応援歌や入退場BGMにも

『希望と栄光の国』は、サッカーイングランド代表サポーターが試合中やハーフタイムなどに応援歌として歌うことがあるほか、日本ではJリーグ浦和レッズのサポーターが応援チャンツとして同曲のメロディを(『威風堂々』の一部として)用いている。

また、イギリスのロックバンド、ベイ・シティ・ローラーズ(Bay City Rollers)は、同曲のメロディをコンサートの登場時にBGMとして用いていたほか、イギリス保守党保守統一党)における党大会の最終日で党員が退場する際にも使用されている(エルガーの遺志により他党は使用できないそうだ)。

ちなみにアメリカでは、学校の卒業式で卒業生が入場する際のBGMとして使用されているという。これは、米国コネチカット州のイェール大学(Yale University)から1905年に音楽博士号を授与された際、同大学の卒業式で『希望と栄光の国』のメロディが使用されたことがはじまりだという。


歌詞の意味・日本語訳(意訳)

Land of Hope and Glory, Mother of the Free,
How shall we extol thee, Who are born of thee?
Wider still and wider Shall thy bounds be set;
God, who made thee mighty, Make thee mightier yet.


希望と栄光の国 自由の母よ
如何に汝を賞揚せん
誰ぞ汝により生まれ出でん
汝の領土は更に拡大を続け
汝を強大ならしめた神は
今も汝を強大ならしめん


なんだ、侵略行為を讃える帝国主義の歌か。最低だな。日本で言うなら北一輝岸信介安倍晋三かってところか。

こうして、好きでも嫌いでもなく無関心だったエルガーという作曲家がいっぺんに大嫌いになったのだった。

 

(『kojitakenの日記』2015年5月9日)

 

出典:https://kojitaken.hatenablog.com/entry/20150509/1431130543

 

 引用文中の赤字ボールド部分は7年前に記事を公開した当時のもので、「日本で言うなら北一輝岸信介安倍晋三かってところか」と書いたが、今ならウラジーミル・プーチンを引き合いに出すところだ。

 「威風堂々」につけられた歌詞には、領土拡大を礼賛する、今ならプーチン主義とでもいうべき帝国主義を称える一節が含まれている。

 リベラルや左派は、チャイコフスキーショスタコーヴィチなんかではなく、ホルストの行進曲「威風堂々」第1番こそ排除の対象とすべきだろう。

 エルガーを聴く時間があるなら平原綾香を聴けってとこか。

*1:ネット検索によるとホルスト姓は北欧系とのことで、ルーツは北欧なのかもしれない。「グスターヴ」という名前がグスタフ・マーラーを連想させるのでドイツ系の人かと思ったが違うようだ。

東野圭吾『白夜』(1999)は作者最高傑作の「暗黒小説」かも/新田次郎『山が見ていた』/アガサ・クリスティ『死が最後にやってくる』

 今年の3月はあまり暇がなかった上にちょっとしたトラブルもあった散々な月だったが、2月24日に始まったウクライナ戦争で思い出していたのは先月読み終えた大岡昇平の『レイテ戦記』だった。熱帯のフィリピン・レイテ島と冬季の北の国とで気候は真逆だけれども、兵站のことなどろくに考えずにロシアが侵攻したという報道が本当であれば、ロシア軍の兵士たちの中には1944年から翌年にかけてフィリピンで経験した日本軍兵士たちのような目に遭っている人たちもいるかもしれない。

 今月は本はミステリ3冊しか読了していないし、ロシアや北欧の音楽について書きたいと思っているがそれは別記事に回し、読んだミステリ3冊について書く。

 まず新田次郎 (1912-1980)の短篇集『山が見ていた』(文春文庫)が新装版になっているのを本屋で見て買ったが、山岳小説集かと思って読んでみたら新田自選のミステリ集だった。

 

books.bunshun.jp

 

 1980年に亡くなった新田自選の「初期短篇集」だから古色蒼然で、戦争の傷痕を感じさせる短篇もある。難点はミステリとしてはあまり面白くない作品が多いことで、やはり新田次郎は山岳小説が良い。山岳と関係するのは冒頭の「山靴」と最後に置かれた表題作「山が見ていた」だけだ。山岳作品以外では悪人を描いた「沼」が面白かった。

「山が見ている」の舞台はなんと奥多摩の低山・大岳山(1266m)。私もかつて横浜市在住時代の1998年10月末に、御岳山(929m)から大岳山を経て奥多摩駅に降りる縦走をしたことがある。まだ当時の地元に近い丹沢山塊に対しても恐れをなしていた頃だ。初めて丹沢の表尾根を縦走したのは翌1999年5月であり、丹沢になじんで以降は奥多摩には行かなくなった。

 しかし大岳山のような低山であっても遭難する時には遭難するし、生命の危機に晒される。現に本作の主人公は自死するために大岳山に行った。作中に出ている馬頭刈(まずかり)尾根は知らなかったので「山と高原地図」の「奥多摩*1で確認した。ただミステリとして見るなら、途中で結末が予想できるし、その通りの展開となったのは物足りない。なお、奥多摩駅は1971年までは氷川駅という名前だった。その頃の作品。

 

 昨年1月から毎月読んできたアガサ・クリスティは今月も『死が最後にやってくる』(1945)をハヤカワ文庫版で読んだ。クリスティ作品としては無名の部類だと思うが、イギリスの推理小説協会が1990年に選んだ推理小説ベスト100の83位に入っている*2

 

www.hayakawa-online.co.jp

 

 上記リンクからも想像がつく通り、古代エジプトを舞台とした異色作だが、中身はイギリスのアッパーミドルクラスの階級で展開されるいつものクリスティ作品の構図と全く変わらない。ただ舞台を古代エジプトにしたのは、クリスティ執筆時における現実のイギリス社会が戦争によって大きなダメージを受けたために、舞台と時代を変えたくなったものかもしれない。とはいえ事件は上層階級で起きるし、トリックよりも登場人物の心理が興味の中心である点は、中期クリスティならではの安定した面白さを備えているといえる。難点はクリスティ作品を読み慣れた読者にとっては犯人の推定があまりにも容易であることだ。以下のネタバレ部分は白文字にする。

 被害を受けたと見せかけて実は犯人だが、なぜか登場人物たちが誰が犯人かと推理する過程ではその名前が出てこないというパターンは、初期のたわいない凡作と私がみなしている『エンド・ハウスの怪事件』(ハヤカワ文庫版では『邪悪の家』)に典型的にみられる通りだし、「怪しいのになぜか容疑者候補として名前が挙がらない」人物が犯人というパターンだけに限ればクリスティ作品には非常に多い。それらを知っていれば、犯人はヤーモス以外にあり得ないことは、毒を盛られたはずの彼が死ななかった時点で簡単に推測できてしまうのである。

 従って、イギリスの推理作家たちには申し訳ないが、本作をクリスティ作品中の上位に挙げることは、私にはできない。

 

 3冊目は、忙しい時に限ってなぜか読んでしまう東野圭吾の大作『白夜行』(1999)で、集英社文庫版で読んだが本文だけで850ページほどもある。しかもまだ同文庫が文字を大きくする前の小さい字の本だ。

 

www.shueisha.co.jp

 

 しかし東野作品はエンタメだし読みやすさは冒頭部分を除いて抜群なので、冒頭部分だけはやや乗らなかったが、第3章から最後の第13章までは2日で読んだ。

 以下の文章はネタバレを含むし、クリスティ作品の場合と違って白文字にはしないので、知りたくない方はここで読むのを止めていただきたい。

 昨年12月に公開した下記記事で、東野の『むかし僕が死んだ家』(1994)について下記のように論評した。

 

 読んでいる最中に思ったのは、東野は1994年にこんな小説を書いていたのかということだ。この本は東野には珍しく内発性を感じさせた。東野にはあざといまでの職人芸を感じさせる本が多く、技巧は大したものだと感心しながらもどうしても好きにはなれなかった。だが本書は違った。ただ、内発的にこんな話が出てくる東野圭吾という人が持つ「虚無性」にはちょっとぎょっとさせられた。そしてこの人なら、私が批判し続けて止まない『容疑者Xの献身』(2005)のタイトルにある「献身」という言葉をダブルミーニングとして用いていることもあり得るのではないかと初めて思った。つまり、東野自身は自らが描いた「容疑者X」の行為が本当に「献身」であるなどとは全く考えていない可能性だ。俺の読者たちはあれを読んで本当に「感動」してるんだぜ、あんなのは「献身」でもなんでもないのに、と東野自身が思っている可能性がある。これまではさすがにそれはあり得ないだろうと思っていたが、本書を読んで、そうではないかもしれないと初めて思った。

 

出典:https://kj-books-and-music.hatenablog.com/entry/2021/12/31/141023

 

 『白夜行』は前記『むかし僕が死んだ家』と同じモチーフを用いた「悪人小説」だ。松本清張にも登場人物が全員悪人である小説があるが、清張作品は東野作品なんかよりほど皮肉たっぷりな人生観に貫かれているのに対し、東野作品から感じられるのは「虚無性」だ。本作は『むかし僕が死んだ家』以上に東野の内発性が感じられる作品であって、その東野が『容疑者Xの献身』が本当に「献身」であるとは全く考えていないという私の「推測」は『白夜行』を読んで「確信」に変わった。

 『むかし僕が死んだ家』では、ヒロインの沙也加は幼時の記憶を失っていたが、『白夜行』の悪のヒロイン雪穂は記憶をずっと保持している。『白夜行』はその雪穂と、影の方に彼女に寄り添う亮司を主人公とした悪人コンビの物語だ。雪穂は幼時の記憶を保持し続けたために、浦沢直樹の漫画『MONSTER』(雑誌連載1994-2001)のヨハンのようなモンスターになってしまった。もっとも、本作の印象は『MONSTER』よりもアゴタ・クリストフの『悪童日記』(1986)に近い。

 作品の舞台は最初が大阪、のち東京であって、これは東野圭吾自身の経歴と同じだ。ヒロインの雪穂は1981年*3に高校を卒業しているから1962年または63年の生まれであって、作品の舞台は1973年から1992年まで、つまり雪穂(と亮司)が10歳から29歳までの間にまたがっている。私もほぼ同世代なので時代背景はよくわかる。なお東野圭吾は1958年2月4日生まれで、雪穂たちより5歳上である。

 本作を読む前に、私は一つだけネタバレによって知っていた情報がある。それは物語の最後に悪人が生き延びるというものであって、それがなかなか本作を読む気を起こさせなかった理由の一つだった。しかし、読み進めるに連れて本作で生き残るのは雪穂だけであって、亮司は最後には死ぬのではないかと思い始め、それは終盤に進むにつれて強い確信に変わった。果たしてその通りの結末だった。雪穂は自殺した亮司など「全然知らない人です」と言い放って去って行った。悪の根を失った悪の華はそのあとどうなっただろうかは読者の想像に任されている。そして東野には『幻夜』(2004)という事実上の本作の続篇があるらしい。この作品は本作ほどの高評価は得ていないが、本作に迫る長さとのこと。ネット検索をかけると、東野には両作に続く3作目の構想があるがまだ執筆されていないとの情報があった。

 現在では東野作品が文庫化される時には解説文がつかないが(村上春樹作品と同じだ)、東野が直木賞を獲て大物になる前の2002年に文庫化された本作には、ノワール*4を得意とする馳星周(1965-)が解説を寄せており、その馳が「嫉妬した」ほどの「暗黒小説」のレベルを誇る。馳はまた飲み仲間である7歳年上*5の東野には「陰惨」なところがあると書いているが、7歳年上の人に対してずいぶんズケズケと書くものだなと感心すると同時に、おそらく馳は自身の中にある「陰惨」なものを自作に反映させているのであろう。そうでなければこんな文章は書けない。私は何も馳や東野を非難しようと思ってこんなことを書いているのではない。人間誰にも(もちろんこの文章を書いている私自身にも)陰惨なところがあるのであって、それを抉り出して小説にしたところに彼らの真骨頂があるということだ。文学に限らず、人間誰しも持つ破壊衝動や死の衝動を作品に転化させるのは、芸術(エンタメ作品も含む)では当たり前の行為だ。

 『白夜行』について、これまでネットで読んだ各種感想文であまり触れられていないことを書くと、悪の2人組である雪穂と亮司は属する階級も異なり、互いの関係も対等ではなく、亮司は悪事が発覚して剃髪されそうになったら自らの命を絶って雪穂を守らなければならなかったという極端な非対称性があることだ。2人の属する階級は最初は同じだったが、雪穂だけが「成り上がった」。

 上の階級に属する雪穂は悪事を行う時も直接手は下さない。成り上がる前に起きた母親の死には「母親の自殺を見殺しにした」以上の積極的関与があった疑いがあるが、それですら疑惑止まりで、あとは悪事に直接関与せず、すべて亮司に犯行を命じたと推測される。「推測される」というのは、雪穂と亮司との会話はおろか、二人が同時に現れる場面さえ全く作中に描かれないからだ。その亮司は最初の父親殺しを初めとして、亮司の犯行がついに露呈して*6亮司が自殺に追いやられる原因になった最後の「かつての使用人殺し」、それに雪穂の秘密をつかんだ探偵の今枝と、他にもいたかもしれないが手を下して何件もの殺人を犯している。しかし最後の今枝殺しは、同じく亮司が実行犯となった3件の女性襲撃事件とともに、雪穂が命令したという以外の解釈は不可能である。従って雪穂と亮司とは同格なのではなく、ラスボスの独裁者はあくまでも雪穂であって、亮司もまた雪穂の犠牲者であったといえる。東野圭吾がその雪穂を最後に生き延びさせたことは、続篇を書く意図が最初からあったためであって、さらに3部作の意向が東野にあるとしたら、もしかしたら東野は前述の『悪童日記』を書いたアゴタ・クリストフ(1935-2011)の『ふたりの証拠』(1988)と『第三の嘘』(1991)を意識しているのかもしれない。しかし仄聞というか、ネットでチラ見したところによると、『小説すばる』に連載された『白夜行』では、前述の通り雪穂と亮司との会話はおろか二人が同時に描かれることさえないのに対し、『週刊プレイボーイ』に連載された「幻夜」では悪のヒロインと相棒の男との会話があり、命令する側とされる側という関係がはっきり示されているとのことだ。つまり一作ごとに物語が重層化して謎を深めていったクリストフ作品とは逆に、東野作品では二作目は一作目より構造が単純化されてしまった可能性があり、それが第三作に着手できない原因になっているのではないかなどと、第二作を読んでもいないにも関わらずアンチ東野ならではの勝手な想像をしている。

 本作を東野圭吾の最高傑作とする意見が結構多いらしいが、それは妥当な評価だと思う。それとともに、本作のような「暗黒小説」であれば東野の才能を認めても良いとは私も思う。ただ、『容疑者Xの献身』のような本当の極悪小説を「献身」だの「純愛」だのが描いた作品として「傑作」と評価されていることに対しては大いに異を唱えるし、それに対して何も言わない東野自身に対しても、今まで以上に強い批判的態度をとらなければならないと確信するに至った次第。

 東野圭吾は、政治にかつて関わったり今も政治家をやっている人になぞらえるなら、橋下徹山本太郎と相通じる人ではないだろうか。間違っても香港の反体制活動家・周庭が読んで楽しむべき作家ではないことだけは絶対に間違いない。

 周庭が愛読しているのは、村上春樹東野圭吾だそうだが、二人はともに文庫本に解説文をつけさせない共通点はあるが、二人の作品世界は全く異なる。

 そうそう、亮司に命じて自らの秘密を探る探偵を殺させた『白夜行』のヒロイン・雪穂から連想される人間がもう一人いた。それは、政敵を次々と毒殺させたロシアの独裁者。ウラジーミル・プーチンだ。橋下徹山本太郎プーチン寄りの意見を再三表明してきた*7。そして東野圭吾も自作のヒロイン・雪穂とその相棒・亮司に寄り添った作品を書いたが、自らも成り上がった東野が本当に寄り添っていたのは雪穂であって、東野は最後に亮司を切り捨てることに躊躇はなかったのだった。

*1:1990年代の古い版ではなく、2014年に雲取山に登る前に買い直したもの。

*2:https://www.aokiuva.com/bbest100crimeallcwa.html。クリスティ作品では5位に『アクロイド殺し』、19位に『そして誰もいなくなった』が選ばれているが、この2作に次ぐクリスティ作品の第3位とされている。

*3:作中では「五十六年」と、元号(昭和)を省略して書かれている。

*4:暗黒小説。「ノワール」とはフランス語で「黒」の意味。

*5:馳は1965年2月18日生まれ、東野と同じく早生まれなので、学年でも馳は東野の7年下になる。

*6:この証拠が露呈するくだりは、東野がのちに書いた『聖女の救済』(2008)を連想させる。なおこの作品の結末でヒロインは逮捕されるが、東野は彼女を殺していない。

*7:機を見るに敏な橋下は掌返しを始めたようだが。

「山本五十六提督が真珠湾を攻撃したとか、山下将軍がレイテ島を防衛した、という文章はナンセンスである。」(大岡昇平『レイテ戦記』より)

 2月に読み終えた本は5タイトル7冊。多くの時間を割いたのは大岡昇平の『レイテ戦記』(中公新書, 2018改版)の第2〜4巻だった。ことに第2巻を読むのに難渋し、一度の週末では読了できずに2週間に分けた。それに続く第3巻はそれぞれ土日の2日間、第4巻は索引や書誌等が某大なので本文は本の厚さの半分くらいだから次の土日の1日ちょっとで読んだ。それで2月20日の日曜日に読み終えることができた。

 1944年10月12〜16日の台湾沖航空戦に「大戦果」を挙げたとする大本営発表は虚報だったが、海軍はその誤りを訂正もしなかったから陸軍はその虚報を信じて作戦を立て、同10月20日からのレイテ島の戦いに突っ込んで行った。軍部自らが大本営発表に騙されるという信じ難い醜態が、8万4千人の兵士を投入して生還したのがわずか5千人、死亡率実に94%という悲惨な戦いだった。大岡昇平は1944年10月から1945年8月までのレイテ島での戦争を、日本側だけではなくアメリカ側の資料に立脚して戦闘の細部に至るまで記述し、それをノンフィクションではなく小説と自ら分類した。そんな内容だから読書に時間がかかるし、大変な忍耐力を要する。

 ネット検索で、下記ブログ記事を発見した。本書から抜粋されている。

 

blog.goo.ne.jp

 

 これまでに書いたことに対応する大岡昇平の文章は下記。

 

●「4 海軍」

 大本営海軍部はしかし、【台湾沖航空戦後の】敵機動部隊健在の真実を陸軍部に通報しなかった。今日から見れば信じられないことであるが、恐らく海軍としては全国民を湧かせた戦果がいまさら零とは、どの面さげてといったところであったろう。しかしどんなにいいにくくともいわねばならぬ真実というものはある。

 

●「5 陸軍」

 山本五十六提督が真珠湾を攻撃したとか、山下将軍がレイテ島を防衛した、という文章はナンセンスである。真珠湾の米戦艦群を撃破したのは、空母から飛び立った飛行機のパイロットたちであった。レイテ島を防衛したのは、圧倒的多数の米兵に対して、日露戦争の後、一歩も進歩していなかった日本陸軍の無退却主義、頂上奪取、後方攪乱、斬り込みなどの作戦指導の下に戦った、第16師団、第1師団、第26師団の兵士たちだった。

 

   *

 

 死んだ兵士の霊を慰めるためには、多分遺族の涙もウォー・レクエムも十分ではない。

 

   家畜のように死ぬ者のために、どんな弔いの鐘がある?

   大砲の化物じみた怒りだけだ。

   どもりのライフルの早口のお喋りだけが、

   おお急ぎでお祈りをとなえてくれるだろう。

 

 これは第一次世界大戦で戦死したイギリスの詩人オーウェンの詩「悲運に倒れた青年たちへの賛歌」の一節である。私はこれからレイテ島上の戦闘について、私が事実と判断したものを、出来るだけ詳しく書くつもりである。75ミリ野砲の砲声と38銃の響きを再現したいと思っている。それが戦って死んだ者の霊を慰める唯一のものだと思っている。それが私に出来る唯一のことだからである。

 

出典:https://blog.goo.ne.jp/humon007/e/ec4fdf55d65e24e4f4b04786889032ef

 

 現在のロシアとウクライナの戦争に当てはめるなら、プーチンやゼレンスキーやバイデンのことばかり言っていても、戦争を語ることには全然ならない、全くのナンセンスだということだ。戦争を戦うのは兵士たちである。

 その当たり前のことを骨の髄までわからせてくれただけでも、6度の土日にまたがる難行苦行の読書をやった甲斐があったかもしれない。ただ、間違っても楽しい読書ではないので、覚悟のある人にしかおすすめはできない。とにかく負け戦に次ぐ負け戦で、日本軍は自軍の兵士たちの命をとことんまで大量に消費し続けた。気が滅入らない方がおかしい。

 他には4冊しか読めなかった。うち3冊はアガサ・クリスティのミステリで、いずれも1940年代前半、つまり第2次世界大戦中に書かれた作品。読んだ順に挙げると『ゼロ時間へ』(1944)、『愛国殺人』(1940)、『スリーピング・マーダー』(1976)で、これは作品の出来の良さの順番でもある。即ち『ゼロ時間へ』が一番面白い。まあこれは中期の代表作の一つとして定評のある作品のようだ。ポワロもマープルも出てこない。『愛国殺人』はポワロもので、作中でポワロはある左翼かぶれの女性から「ブルジョワ探偵」と非難される。作者のクリスティ自身もゴリゴリの保守派だ。だが結末は、戦時中の日本だったら政府筋からいちゃもんがついた可能性のあるのでは、と思った。まあ意外な犯人ではないのだが。『スリーピング・マーダー』は没後発表のミス・マープル最後の事件だが、執筆は1943年で、その後8冊のマープルものが書かれたので、マープルものとしてはむしろ早い時期の作品。しかも「ミス・マープルが最後に解決した事件」というわけでもなんでもない。つまり『カーテン』とは全く特徴が異なる。「特徴は犯人当ての容易さであり、以下ネタバレを白文字で書く(普通の端末だと空白に見えるはず)。

 アマゾンカスタマーレビューや読書メーターを見ても指摘する人はいなかったのだが、犯人の名前と職業があの有名作と同じだ。ミス・マープルのモデルも同じ作品に出てくる人物だから、明らかに意識的な設定だろう。あの作品の特徴は「意外な犯人」だったから、それとは対照的な「当て易い犯人」の作品を書いて、自らの死後に読んでもらおうとクリスティは考えたのではなかろうか。クリスティはクリスマス用にだったか、超絶に当て易いトリックを用いた短篇も書いたことがある。トミーとタペンスものの『おしどり探偵』中の一作だ。それと同様の読者へのプレゼントのつもりだったのだろうとの仮説を提起しておく。

 残る1冊はみうらじゅんの『清張地獄八景』。文春からムックで出ていたものが昨年文庫化された。

 

books.bunshun.jp

 

 つまり『レイテ戦記』以外はいずれも軽読書だった。

江戸川乱歩の発禁本「芋虫」は衝撃的/大岡昇平『レイテ戦記』第1巻(中公文庫2018年改版)と特攻隊

 昨年(2021年)は読んだ100冊のうち42冊がアガサ・クリスティだった。今年はその比率を減らそう、というより自動的に減ることになる。というのは、ポワロもの長篇の6割(33冊中20冊)とミス・マープルもの長篇の半分(12冊中6冊)を読み終え、短篇集も半分以上(ハヤカワのクリスティ文庫で14冊中8冊)読み、今年に入ってもトミー&タペンスものの2冊目と3冊目(短篇集『おしどり探偵』と長篇『NかMか』)を読んで、こちらも6割(5冊中3冊)になったからだ。しかし、まだミステリ読みの惰性が強く残っているので、3年前に手を出した江戸川乱歩(下記リンク参照)に再び手を出した。

 

kj-books-and-music.hatenablog.com

 

 3年前は角川文庫を読んだが、今回は新潮文庫の傑作選を読んだ。短篇9篇が収録されている。うち「二銭銅貨」、「D坂の殺人事件」、「心理試験」の3篇は、3年前に読んだ角川文庫にも収録されていたが、今回も飛ばさずに読んだ。

 

www.shinchosha.co.jp

 

 不思議なことに、角川文庫には収録されていなかった「二癈人」と「赤い部屋」にもうっすらとした記憶があった。しかし、「屋根裏の散歩者」、「人間椅子」、「鏡地獄」、「芋虫」の4篇は初めてだった。

 ブログで取り上げようと思ったのは、最後に置かれた「芋虫」が衝撃的だったからだ。それまでの8篇とはある種の断絶があると思った。そして1929年に発表されたこの作品は10年後の1939年に発禁になり、2年後の1941年には乱歩の全作品が事実上の発禁になったという(表向きの発禁は「芋虫」のみ*1)。

 新潮文庫版の9篇の初出は下記の通り。

 

 

 確かに発表時期も「芋虫」だけ少し離れている。

 最初の「二銭銅貨」が書かれたのは今からちょうど100年前の1922年で、翌1923年に発表された。アガサ・クリスティがポワロもの長篇第2作の『ゴルフ場殺人事件』を刊行したのが同じ1923年だ。そして乱歩が「D坂の殺人事件」から「人間椅子」までを書いた1925年にクリスティは最高傑作との呼び声が高いポワロもの長篇第3作『アクロイド殺し』を書いた(刊行は翌1926年)。

 クリスティは『アクロイド殺し』が大評判をとった1926年に失踪騒動を引き起こし、同じ年に母が死去し、2年後の1928年には離婚するなどして一時スランプに陥ったが、乱歩も早々とネタ切れ気味になってきた。たとえば「人間椅子」は面白いけれども「赤い部屋」に発想が似ていると思った。すると新潮文庫の解説で荒正人(あら・まさひと, 1913-1979)が

空想の型という点では、「赤い部屋」などに多少似ているようにも思われる。

と指摘していたので、やっぱりそうだよなあ、と思った。「人間椅子」は「赤い部屋」とは掲載誌も異なるのでどんでん返しの二番煎じをやったのかもしれないが。

 クリスティは1930年代に入って『オリエント急行の殺人』(1934)や『そして誰もいなくなった』(1939)などいくつものピークをなす作品群を作り、60歳になった第二次大戦後にも、ほかならぬ乱歩が絶賛した『予告殺人』(1950)を発表したが、乱歩はミステリ作家としては大正時代後期の1923〜26年(大正12〜15年)に形成したピークを再び作ることはできなかった。もっとも有名な『怪人二十面相』は1936年の作品で、以後は少年向け小説とミステリ評論が主な業績になっている。

 しかし、昭和という暗い時代に入った1928年に書かれた「芋虫」はあまりにも衝撃的だ。この作品は当初『改造』からの依頼で書かれたが、あまりの過激さのために掲載を拒否されたという。以下、手抜きで申し訳ないけれどもWikipediaから引用する。

 

博文館の雑誌『新青年』の昭和4年(19291月号に掲載された。『新青年』編集長延原謙からの「「芋虫」という題は何だか虫の話みたいで魅力がないから、「悪夢」と改めてもらえないか」という要望により、掲載時のタイトルは『悪夢』とされた。ただし乱歩自身は「「悪夢」の方がよっぽど平凡で魅力がない」と評しており、平凡社版『江戸川乱歩全集』第8巻(19315月)への収録に際し、題名を『芋虫』に戻している。

当初は改造社の雑誌『改造』の依頼で書かれたものであったが、内容が反軍国主義的であり、さらに金鵄勲章を侮蔑するような箇所があったため、当時、左翼的な総合雑誌として当局ににらまれていた『改造』誌からは、危なくて掲載できないとして拒否された。このため乱歩は本作を『新青年』に回したが、『新青年』側でも警戒して、伏字だらけでの掲載となった。延原編集長は掲載号の編集後記で「あまりに描写が凄惨を極めたため、遺憾ながら伏字をせねばならなかつた」と釈明している。なお、この代わりに『改造』に掲載されたのが『』(『改造』19299月号 - 10月号)である。また、戦時中多くの乱歩作品は一部削除を命じられたが、本作は唯一、全編削除を命ぜられた。

創元推理文庫の乱歩自身の解説によると本作品発表時に左翼からは「この様な戦争の悲惨を描いた作品をこれからもドンドン発表してほしい」との賞賛が届いたが、乱歩自身は全く興味を示さなかった。

上述の戦時中の全面削除については「左翼より賞賛されしものが右翼に嫌われるのは至極当然の事であり私は何とも思わなかった。」「夢を語る私の性格は現実世界からどのような扱いを受けても一向に痛痒を感じないのである」と述べており、この作品はイデオロギーなど全く無関係であり、乱歩の「人間のエゴ、醜さ」の表現の題材として四肢を亡くした男性主人公とその妻のやりとりが描かれているにすぎない。

乱歩が本作を妻に見せたところ、「いやらしい」と言われたという。また、本作を読んだ芸妓のうち何人もが「あれを読んだら、ごはんがいただけなかった」とこぼしたともいう。

 

出典:芋虫 (小説) - Wikipedia

 

 新潮文庫の解説は、有名な左翼でもあった前述の荒正人が1960年12月に書いた文章が2009年に改版されて字が大きくなった現在も残っている*2。以下引用する。

 

「芋虫」は、作者のグロテスク趣味の極限を代表する佳作である。この作品が発表された当時は、プロレタリア文学の盛んだった頃で、反戦小説として激励されたりした。だが作者は、そんな意図のもとに書いたのではないと言っている。苦痛と快楽と惨劇を書きたかったのだと言っている。これも*3探偵小説ではないが、探偵小説の枠を一層拡げたものと言えなくもない。――これは初め、『改造』のために書いたものだが、検閲に通らぬのではないかと心配し、結局『新青年』に廻し、伏字だらけで発表された。戦争中、乱歩の作品は部分的削除を命じられたが、「芋虫」だけは、発売禁止になった。その点でも特異な作品である。今日の読者は、残酷物語の一篇として読むかもしれない。

 

(『江戸川乱歩傑作選』(新潮文庫1960, 2009年改版349頁=荒正人による解説文より)

 

 実際、江戸川乱歩は左翼どころか戦時中に大政翼賛会に迎合した人だった。たとえば1943年8月には「翼賛壮年団豊島区副団長」になっている*4。しかし「芋虫」に関していえば作品が作者を超えていた。

 つくづく思うのは、アガサ・クリスティはイギリスに生まれて運が良かったということだ。クリスティはデビューが第1次大戦後の1920年で、第1次大戦の戦勝を受けて書かれた1920年代の作品は、超傑作『アクロイド殺し』は別として、その能天気な世界観というか社会観というか人生観に正直言って抵抗を感じないわけにはいかないが(ことに5作あるアドベンチャーもの)、第2次大戦を受けて書かれた作品には、第1次大戦後の作品群の能天気さは影を潜めて、アドベンチャーものであるトミー&タペンスの『NかMか』(1941)を、同じ主人公の短篇集『おしどり探偵』(1929)のあとに続けて読むと、最近読み慣れていた1940年前後に書かれた他のクリスティ作品と共通する陰影が感じられた。12年間で確実に表現力が増している。クリスティは生涯を通して成長を続け、それが作品に反映された作家だった。しかし、日本(やドイツ)で戦争中に「陰影を感じさせる作品」を書いたらどんな目に遭ったかわからない。クリスティも1940年前後には作品が作者を超えるに至っていた。

 戦争といえば、ずっと積ん読にしていた大岡昇平の『レイテ戦記』(中公文庫、2018年改版の全4冊)を先週末から読み始めた。

 

www.chuko.co.jp

 

 小説というよりはノンフィクションではないかと思わせるこの作品を、大岡本人は「小説」に分類したという。前から図書館に中公文庫旧版の上中下の3巻本(1974年初版)が置いてあったが、字が小さいのに分厚いので敬遠していた。2018年の改版で字が大きくなったために3巻本だとさらに分厚くなるためだろう、4巻本に改められた。3巻本が置いてある図書館ではなかなか置き換えられないだろうと思って購入したが、第2巻だけ買ってなかった。昨年後半に第2巻を買ったので、年が明けたら読もうと思っていたものだ。

 最初はとっつきが悪くて読みにくかったが、昨日、第1巻の核心部ともいうべきか、それとも巻末の解説文で大江健三郎

長篇『レイテ戦記』のなかで、独立した中篇として読みとりうる完成度をそなえている。それがになっている課題の大きさ重さもぬきんでていよう。(本書425頁)

と称賛する第9章「海戦」、第10章「特攻」には引き込まれた。おかげで、1日で第1巻の後半である第9章から第11章「カリガラまで」を、付録の大岡昇平自身の講演録(1969年, 山梨英和短期大学主催の文芸講演会)及び前述の大江健三郎による解説(岩波書店大岡昇平集10』1983より転載)と合わせて一気に読んだ。この調子で、残り3冊も来週以降の週末にでも毎週1冊ずつまとめ読みできれば良いが、できるかはわからない。

 ことに、本書に関して議論の的になるであろう、大岡が特攻を「限られた少数ではあったが、民族の神話として残るにふさわしい自己犠牲と勇気の珍しい例を示した」と評している点に関して、大岡の講演録と大江の解説文とは強い関連性を持っている。ここは明らかに誤読されやすいばかりか率直に言って危うさを感じさせる箇所だし、現に民族主義者の筆者の手になると思われる下記ブログ記事を参照すると、あの小林よしのりが『レイテ戦記』の特攻評価に強い影響を受けているらしい。

 

koichiiwahashi.com

 

 以下関連箇所を引用する。

 

ところで、レイテ戦で初めて出現した特攻という戦術に対して、司令部の外道性は糾弾しつつも死に臨む搭乗員に美を感じるところは、大岡の文学者としての感性なのでしょうか?あるいは憐憫に過ぎないのか?

特攻に関する記述は小林よしのり戦争論』に多く引用されていたので、本書からかなり影響を受けていますね。

 

出典:https://koichiiwahashi.com/ISBN4-12-200132-3

 

 大江健三郎は注意深く下記のように書いている。

 

 ここに契機として出されている特攻の自己犠牲と勇気という評価が、やはり著者独自の、幾重にもかさねられた周到な思考の層の上に浮き出てくるさまを、大岡昇平の精神像のわれわれとしての構築に誤った短絡をおこなわぬためにも、つづいての「神風」の章を見ておきたい。(本書425頁)

 

 これに続く論考は、大江の解説文の中でも白眉だと思われるが、短文に要約する能力は私にはないし時間も限られているので、興味をお持ちの方は直接中公文庫2018年新版の『レイテ戦記』第1巻を直接ご覧いただきたい。少しだけ書いておくと、兵士に選択の自由があった比島沖海戦での特攻と兵士に強制された沖縄戦での特攻を大岡が峻別していること(425頁)、特攻が搭乗員にとってのみならず、敵方に対しても残虐兵器だったと大岡が指摘していること(426頁)などを大江は挙げている。また山梨の講演で大岡は、特攻と似たような戦法はイタリアに先例があるが、敵艦に時限爆弾を仕掛けたイタリア兵は敵艦の上に上っていって一定時間後に時限爆弾が爆発することを敵の船長に告げる、つまり船は沈めるけれども人間は助けるという考え方をしているとも言っている(411頁)。しかし特攻が強制された沖縄戦では生きて帰ってきたら怒られるという。また大岡は特攻が現地(フィリピン)で自然発生したという通説をとりながらもつとに中央の方針として決定していたのではないかとの疑念も呈していると大江は指摘する(426頁。実際本文の文庫本328頁にその記述がある)。前述の強制性に関して、大岡は志願兵と徴兵制を対比して後者を批判している。

 この第1巻で私が舌を巻いたのは、前記大岡の講演録と岩波の選集に収録されていた大江の解説文の2つを巻末に収録した中公文庫の編集者たちのセンスだ。抜群に良いと思った。

 私の感想をいえば、それでも、いや、それらがあるからこそ大岡昇平の結論の言葉には同意できない部分が残るということになる。現に、大岡の言葉を誤読してしまったとしか思えない小林よしのりのような悪例が存在し、小林は1990年代を中心に右翼たちに多大な悪影響を与えた。また、フィリピンでの特攻でも何度も出撃してそのたびに生きて帰ってきた兵隊がいて上官に罵倒されていた。2018年に刊行された鴻上尚史『不死身の特攻兵』(講談社現代新書)に詳しい。なお私は鴻上の特攻観に対しても留保をつけた記憶がある。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

 『レイテ戦記』については、続きを来月以降に書いて公開するかもしれない(書かないかもしれないが)。

 今年に入って他に読んだのは、2004年に刊行された池内紀『となりのカフカ』(集英社新書)と昨年末に刊行された本間龍の『東京五輪の大罪』(ちくま新書)。前者は面白かったが、後者は著者と私との立場はほぼ同じであるにもかかわらず全く面白くなかった。たまにこういうことがある。過去に2冊読んだことがある香山リカの本が2冊ともその例だった。心に全く響かない。いわゆる「相性が悪い」というやつかもしれない。

*1:https://rampo-world.com/nempyo.htm

*2:2012年6月10日発行第98刷にて確認。

*3:その前に置かれた「鏡地獄」と同様に=引用者註。

*4:https://rampo-world.com/nempyo.htm