KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

山本太郎『感染症と文明 - 共生への道』(岩波新書)を読む

 今のところ、今年最後に読み終えた本は山本太郎著『感染症と文明』(岩波新書2011)だった。私が買ったのは2020年5月15日発行の第7刷だが、「アマゾンカスタマーレビュー」を見ると、4月24日(26日?)発行の第4刷が出ていたそうだ*1。つまり緊急事態宣言発令中の短期間に増刷を重ねていた。

 

www.iwanami.co.jp

 

 山本太郎といっても今年(2020年)馬脚を現したあの政治家のことではない。著者は医師で、国際保健学と熱帯感染症の専門家だ。現在は長崎大学の教授で、あの悪名高い京大准教授・宮沢孝幸と同じ1964年生まれ。

 今年8月に、ウイルスの弱毒化について、私が読んだ井上栄著『感染症 増補版』(中公新書2020, 初版2006)より詳しく書かれているよ、と紹介された本だが*2、買ったのが11月下旬で、読み終えたのが昨日とずいぶん遅くなってしまった。

 非常に興味深い本で、前記井上栄の『感染症 増補版』よりずっと良かった。

 2020年は2011年から始まる十年紀の最後の年だが、本書は十年紀最初の2011年に起きた東日本大震災の直後に刊行された。山本太郎医師は、大震災直後に被災地入りした。

 下記は岩波書店のサイトへのリンク。

 

www.iwanamishinsho80.com

 

 以下引用する。

 

山本太郎:いま、岩波三部作を読む意味

 

新型コロナウイルスの感染拡大にともない、「ウイルスとの共生」を論じた山本太郎さんの岩波新書感染症と文明』に注目が集まりベストセラーとなりました。そして、63日には長らく電子版のみで流通していた『新型インフルエンザ 世界がふるえる日』が復刊します。そこで復刊を記念して、山本太郎さんに3冊の自著解題をご執筆いただきました。(編集部)

 

新型インフルエンザ 世界がふるえる日』(2006920日刊)

感染症と文明――共生への道』(2011621日刊)

抗生物質と人間――マイクロバイオームの危機』(2017920日刊)

 

岩波書店から最初の新書を上梓して14年ほど、構想から数えれば、16-7年が経過した。その間にわたしも、40歳代前半から50歳代後半へと歳を重ねた。その事実に素直に驚く。

 

いろいろなことがあった。20101月には、ハイチの首都ポルトープランス地震が襲い、30万人以上が亡くなった。地震2日後に成田を飛び立ちハイチへと向かった。2003年から04年にかけて、20人に満たないハイチ在住日本人の一人として、一人の研究者として、彼の地に暮らしたことがあった。多くの人にお世話になった。かつて暮らしていたアパートが全壊していた、その姿を見た時、その時の思い出が一瞬によみがえった。青い空には雲ひとつなかった。

 

2011311日には、東日本で大きな地震が起きた。『感染症と文明』の打ち合わせのために、岩波書店がある神保町にいた。足元が大きく二度揺れたかと思うと、目の前を本が落ちてきた。午後246分のことだった。首都圏では、列車の運行がすべて停止し、その夜、東京は帰宅する人の群れで溢れた。震源は、牡鹿半島の東南東約130キロメートル、深さ約24キロメートル。太平洋プレートと北米プレートの境界域で、マグニチユード9.0の海溝型地震だった。福島、宮城、岩手、東北三県の太平洋沿岸部は、地震によって発生した津波で壊滅的な被害を受けた。

 

震災の翌日から被災地に入り、緊急支援活動を開始した。

 

そんなある日、よく晴れた午後の海岸へ出てみた。破壊された堤防の傷跡は痛々しく、鉄橋は跡形もなく崩れ落ちている。折れ曲がった鉄路は、太陽の下で赤錆びた色を晒していた。空はあくまで青く、海はあくまで蒼かった。穏やかな水面には、渡り鳥が羽を休め、風が海上を吹き渡る。波音に驚いた渡り鳥が一斉に飛び立つ。水面が波打つ。

 

どこまでも平穏で美しい景色が広がっていた。これが、地震津波を引き起こした同じ惑星の営みであることに眩暈を覚えたことを覚えている。

 

 

それぞれに、それぞれの本を書いた時間を思い出す。どの本も、構想から資料の収集、書き下ろし、校正と少なくとも2年以上の月日が必要だった。

 

その間にも、何人かの大切な人が逝った。ガーナ、ケニアとアフリ力で働き、「アフリ力」が好きだった若い友もいれば、酒をこよなく愛した年長の友もいた。幼い頃から休みの度に遊びに行っていた祖母や、叔父、叔母も、だ。

 

そして、今、わたしたちが暮らす世界を新型コロナウイルスが襲う。

 

十数余年という時間が、短い時間でなかったことを自覚する。そしてそんな折だからこそ、その間に著した3冊の感染症に関する新書をもう一度概観してみたいと思った。(後略)

 

出典:https://www.iwanamishinsho80.com/post/yamamoto3

 

 山本太郎医師が書いた他の2冊の岩波新書である『新型インフルエンザ - 世界がふるえる日』(2006)と『抗生物質と人間 - マイクロバイオームの危機』(2017)も読んでみたいと思った。

 山本医師は『新型インフルエンザ』を書いた頃に山登りを始めたという。穂高や槍、八ヶ岳、北海道の山を歩かれたとのことだが、臆病な私は八ヶ岳には5回行ったが、まだ穂高には行ったことがない。また十勝岳登頂を目指した時には体調が悪くなって引き返した。

 『感染症と文明』ではミシシッピ川の治水の話が、阪神間の夙川、芦屋川、住吉川などの天井川を思い出させて興味深かった。以下アマゾンカスタマーレビューより。

https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R1X8QX6IC76B2G

 

このウイルスとの共生を著者はミシシッピ川の治水に例えています。私の身近な神戸の住吉川に置き換えてみると、ちょっとした雨で起こる洪水が起こらないようにと堤防を築くと次第に川底に土砂が溜まって水位が上昇するのでさらに堤防を高くする、これを繰り返しているといつの間にか川底が家々の天井よりも高くなる(天井川)。天井川は全国いたるところに見られますが、これが決壊すると大洪水になってしまいます。ウイルスも完全に締め出すと時間とともに集団免疫が次第に低下して、少し変異したウイルスにもまったく無力となり感染爆発が起きてしまいます。共生とはわずかばかりの感染と犠牲者を出し続けることで感染爆発が起きないようにするということ。しかし、誰も自分がわずかばかりの犠牲者の一人にはなりたくない・・・という心情的矛盾はあるわけですが。

 

出典:https://www.amazon.co.jp/gp/customer-reviews/R1X8QX6IC76B2G

 

 もちろん、欧米よりずっと感染者が少ないのに医療崩壊の危機に瀕している日本では集団免疫戦略などとりようがないし、集団免疫戦略はスウェーデンでも既に失敗したという結果が示されている。しかし何らかの「ウイルスとの共生」が求められるというのはその通りだろうし、小池百合子らがよく言う「ウィズコロナ」という標語を私は嫌いだけれども(それは小池らが標語を自らの私欲のために悪用しているからだが)、好んで用いる人間の邪悪さのためにネガティブな印象がまとわりついてしまったこの標語も、源流は山本医師のような思想だったのだろう。

 そういえば「政治家」(元俳優)の山本太郎は「ワクチン反対派」だったんだっけ。山本太郎医師と政治家の山本太郎とでは、立ち位置がかけ離れているかもしれない。

 2011年に刊行された内橋克人編の岩波新書『大震災のなかで - 私たちは何をすべきか』に、山本太郎医師は寄稿されているそうだ。

 

www.iwanami.co.jp

 

 この本が出たのは『感染症と文明』と同じ2011年6月だった。当時俳優だった方の山本太郎Twitterで最初に脱原発を訴えたのは2011年4月だから、うっかり俳優の山本が執筆者の一人ではないかと誤解して本を買った人もいたかもしれない。

 

 今年は新型コロナウイルス感染症に特化した本は読まなかった。同感染症は現在進行形であり、内容がすぐに陳腐化してしまうのではないかと思ったせいもある。新書で読んだのは1983年に刊行された村上陽一郎著『ペスト大流行 - ヨーロッパ中世の崩壊』(岩波新書)だった。

 

 カミュの『ペスト』(新潮文庫)は2012年に読んだので再読はしなかった。その代わりにダニエル・デフォーの『ペスト』(中公文庫)を読んだ。コロナ禍でも起きなければ一生涯読む機会がなかったに違いない本だ。

 

 しかし今年は例年よりも読んだ本が少なかった。読了したのは今日まで66タイトルで、現在読んでいる宇野重規(現在新型コロナ対応で無能さを露呈している菅義偉に学術会議新会員の任命を拒否された人)の『民主主義とは何か』(講談社現代新書)を明日までに読み終えたとしても67冊止まりで、101タイトル読んだ昨年の3分の2しかない。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

 特に4月から9月までの半年間は本を読みたいという意欲が著しく減退した。その後も、読んだ本の内訳にストレス発散のための軽い本(東野圭吾のミステリーなど)が占める比率が高かった。読書に関しては、いや、読書に関しても、良い年とは全くいえなかった。昨年最後のエントリで、来年は最低でも月平均2件の計24件公開を目指すと書いた記憶があるが、本エントリで18件しか公開できなかった。

 来年は今年達成できなかった目標、つまり最低月平均2件の24件公開を目指したい。

 それでは皆様、良いお年を。

*1:https://www.amazon.co.jp/gp/customer-revws/R35INNFHU1BHCT

*2:ウイルスの弱毒化に関しては、ずいぶん長いタイムスケールの話であって、たとえば188頁に「短期的(5-100年程度)」との記載がある。本書では、今年夏頃一部で流布した俗説で言われていたような、流行が始まってから数か月しか経っていないのに、もともと強毒性とは決していえない現在流行中のの新型コロナウイルスがさらに「弱毒化」するかのような記載は確認できなかった。