KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

1997年に東野圭吾『探偵ガリレオ』に描かれていた「原子力工学」の斜陽

 このブログでは珍しく2日連続の更新になる。珍しく、というよりブログ開設以来初めてかもしれない。昨日は音楽の話題だったが、今日は小説の話題。

 初めにお断りしておくが、このエントリには頭書のミステリのネタバレが思いっきり含まれているので、未読かつ知りたくない方は以下の文章を読まないでいただきたい。

 

 東野圭吾の小説には、松本清張など私が本格的にはまった作家と比較して問題を感じる箇所が多いし(その代表例が『手紙』に出てきた平野社長の考え方)、構成面でも過去の名匠たちの作品からの借り物が多いように思うが、娯楽作品としては文句なく面白いので、飛ばし読みしてストレスを解消したい時にはしばしば読む。なにしろ多作家だ。

 そんな東野作品の中でも、ガリレオシリーズは「理系ミステリ」としてよく知られているが、その第一作である『探偵ガリレオ』(文春文庫)は人気が高いらしく、なかなか図書館の棚で見掛けなかった。しかし先週末、ついに置いてあるのを見つけたので借りて読んでいる。

 

www.bunshun.co.jp

 

 『探偵ガリレオ』は5編の短篇からなるが、第4章「爆ぜる(はぜる)」まで読んだ。今回取り上げるのはこの第4章。

 著者は大阪府立大電気工学科を卒業しているから、電気や物理系のトリックが多い。読んでいて、結構いいところまではわかるのだが、トリックはなかなか見破れなかった。例えば第1章「燃える(もえる)」での「赤い糸」はヘリウムネオンレーザーじゃないかな、だけどヘリウムネオンで殺人なんかできないよな、と思った。第2章「転写る(うつる)」は落雷と関係あるんだろうな、とまでしかわからなかった。また第3章「壊死る(くさる)」では「大人のおもちゃ」としてのバイブレーターと超音波溶接機の両方を思い浮かべたけれども、それ以上は深く考えなかった。

 ところが第4章「爆ぜる」だけは様相が違う。水と反応して爆発する、といったら化学の領域じゃないか、と思ったのだ。

 しかし読み進めると「エネルギー工学科」というのが登場する。これって昔の「原子力工学科」じゃないかとはすぐにわかった。さらに読み進めるうちに、水と反応して黄色の炎を上げて燃える物質を思い出した。

 ナトリウムだ。

 確か中学校の授業で、教師がごく微量のナトリウムを水と反応させる実験をやったのを見た記憶があった。もちろん生徒にはやらせなかった。金属ナトリウムが水と反応して黄色の炎を上げた印象は鮮烈だった。

 ナトリウムなら1995年に起きた高速増殖原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故など、原子力技術とのかかわりが深い。なるほどその関係なのか、と作者の意図に気づいた。

 案の定、犯行に使われたのはナトリウムだった。だが、それだけではブログ記事を書こうという気は起きない。つまり、以下が本エントリの核心部だ。

 予想通り、帝都大理工学部エネルギー工学科の前身は「原子力工学科」だった。ガリレオ役の湯川学は「名前を変えたのはイメージが悪くなったからだ」*1と言い、引き続いて高速増殖炉のナトリウム漏れ事故に言及した。これが犯行の動機になったのだった。

 この短篇の初出は「オール讀物」1997年10月号だ。前述のように「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故はそれ以前の1995年に起きている。

 それではガリレオシリーズの「帝都大学」のモデルであろう東大で原子力工学科が名前を変えたのはいつだろう、確か「エネルギー工学科」という名前ではなかったはずだが、と思いながらネット検索をかけると、なんと2番目に引っかかったのが、私が2012年4月7日に公開した「kojitakenの日記」の下記記事だった。

 

kojitaken.hatenablog.com

 

 東大は、1993年に原子力工学科を「システム量子工学科」に名称変更していた。「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故よりも2年前のことだ。だから、原子力工学科のイメージが悪くなったのは、ナトリウム漏れ事故よりももっと前の出来事が原因だ。

 そう、1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故。これを機に原子力工学科の人気は地に堕ちた。

 上記記事から引用する。

 

 昨年、東電原発事故が起きた時にテレビに出てくる「原子力ムラ」のコメンテーターたちは年寄りばっかりだったことに読売の論説委員たちは気づかなかったのだろうか。同じことは、日本の原発の技術は世界一だとかほざいていた安倍晋三についてもいえるが。

 

もうとっくに日本の原子力工学の関係の技術者は人材が払底していたのである。

 

出典:https://kojitaken.hatenablog.com/entry/20120407/1333777286

 

 ああ、安倍晋三は総理大臣に返り咲く前に「日本の原発の技術は世界一だ」などという妄言を発していたんだったな。こんな奴を復活させたばかりか、8年近くも総理大臣の座に居座らせ続けたのは、21世紀前半の日本にとってとんでもない痛恨事だったな、と改めて思ったのだった。

 覆水盆に返らず。

*1:文春文庫版257頁