KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

2020年6月に読んだ本:井上栄『感染症・増補版』、石井妙子『女帝 小池百合子』

 6月も本を2冊しか読めなかった。緊急事態宣言発令当時に安倍政権が言っていた7〜8割削減(すぐ「8割削減」に修正された)を4月以降の読書量で達成してしまったかのようなふがいなさだ。9年前の東日本大震災と東電原発事故の時にも本が読めなくなった時期があったが、同じような症状を呈した人が果たしておられるかどうか。

 

 一冊目は井上栄『感染症・増補版』(中公新書)。2006年に出た旧版が、緊急事態宣言が発令された今年4月に改訂された。

 

 新型コロナウイルスに関しては、増補版で新たに序文と補章が加えられただけで、その他は2006年の旧版のままだ。

 この本で笑ってしまったのは、日本語の発音に有気音がない、英語や中国語ではp, t, kのあとに母音がくると息が激しく吐き出されるが、日本語では同様の場合でも息を激しく吐き出さない無気音として発音される。だから飛沫が飛び散りにくいのだとの仮説を提起していることだ。著者はこの仮説を英国の医学雑誌に投稿したところ、イグ・ノーベル賞主宰者であるM.エイブラハムズ氏のコラムに取り上げられたのだそうだ(本書34-38頁)。この件は補章にも出てきて、村上春樹の『ノルウェイの森』を日本語の原文と英語訳及び中国語訳で読ませて風圧を測定したことが書かれている(同214-216頁)。

 なるほど、それでか、と思い出したのは、先月、TBSの「ひるおび」で放送されたという動画だった。これはTwitterで世界的に広められて、日本がバカにされたことでも話題になった。

 

 

 もっとも、上記Twitterの取り上げ方に対する批判もあった。

 

 

 上記ツイートに書かれた「大妻女子大名誉教授」こそ著者の井上栄氏であることはいうまでもない。同じツイート主の呟きをもう一件示す。

 

 

 まあ英語と同様に有気音がある中国では人口あたりの死亡者数が日本よりも少ないことを考えれば、著者・井上氏の主張がもっともらしいとは言えないと私も思う。

 ただ、著者はこの件が議論されるのは愉快だったとか、仮説はSARSには当てはまらないと考えているなどと、2006年の旧版当時と同じ内容と思われる第1章に書いていること付け加えておく。

 2011年の東日本大震災や東電原発事故の時もそうだったが、新型コロナウイルスに関する新書の類が多く刊行されるのはこれからだろう。そういう本を買って読みつつ、読書の習慣が戻ってくるのだろうなと思っている。

 

 今月読んだもう1冊の本は、例の都知事選候補を描いた石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋)だ。

 

books.bunshun.jp

 

 正直言って、3年前の小池が「排除」発言を発する2か月前に、奴が民進党内の「リベラル派」を排除するであろうとブログで正確に予測した*1私にとっては、読み返して改めて腹が立ったり、小池の冷酷非情さはここまで徹底していたのかと思ったり、小沢一郎が借りてきた猫のように小池に手なずけられたあげくにあっさり噛まれて悄然とするさまに呆れたりはしたものの、大きな発見のある本とまではいえなかった*2

 だが、私がしばしば批判する、「小池百合子民進党の連携にちょっとワクワクした」ことがある人や、下記のツイートを発するような人にこそ、是非読んでもらいたい本だとは思った。

 下記ツイートは、読売新聞の調査で立憲民主党支持層の4割が都知事選候補のうち小池百合子を支持していると報じた件に関して呟かれたものだ。

 

 

 えっ、「特に失点もない」って? まさか。失点だらけじゃないか!!

 

 以下、「女帝」本の終章から引用する。

 

 彼女はオリンピックにこだわり、自分が再選を果たせるかだけを気にし、新型コロナウイルス対策を軽視した。東京都が備蓄する防護服約三十万着を、自民党の二階幹事長の指示のもと、中国に寄付した。しかも、決裁の手順を無視し、記録を正確に残さぬ形で。

 オリンピックの延期が決まり、自民党が二〇二〇年七月の都知事選に対抗馬を立てず、彼女は一切、表に出ず、まったく方針を打ち出さなかった。東京都のコロナウイルス感染拡大への初期対応は、その結果、遅れた。

 しかし、安倍から再選の確約を得たとされるや途端に一転し、今度は危機のリーダーを演じようとし、記者会見とテレビ出演を重ねて「強いリーダー」を演じている。

 安倍への批判を自分への支持へとすり替え、この国家の危機に乗じて、自分が総理になる道を計算し始めたように見える。だからこそ、彼女は強い言葉を発して、自分を印象づけようとし、「ロックダウン」と口走ったのだろう。かつて、都知事には権限がないにもかかわらず、「都議会冒頭解散」と叫んだように。

 コロナ禍が拡大しても国の責任にすれば済むだろうか。だが、対応策を打ち出す知事もいた中で東京都は出遅れ、医療崩壊を招くリスクが高まったことは事実だ。小池の出演する都庁のコロナ対策CMが盛んに流される。コロナ禍を利用し、彼女は自分の政治的野望を果たそうとしている、との批判もある。

 

石井妙子『女帝 小池百合子』(文藝春秋,2020)414-415頁)

 

 正直言って、上記の文章にも引っかかるところはある。たとえば、「対応策を打ち出す知事もいた」とあるが、誰のことなのか。著者が想定していたのが大村秀章であればまだ良いが、まさか吉村洋文じゃなかろうな、などなど。大村が指摘した通り、(日本では感染拡大に至らなかったにもかかわらず)東京都と大阪府では医療崩壊が起きたと言っても過言ではない。単に吉村には五輪の縛りがない分豹変が小池よりわずかに早かっただけで、それまでの大阪維新の会による府政・市政のせいで大阪で医療崩壊を起こした責任はきわめて重い。

 ただ、そうした気になる点があるとはいえ、著者の小池批判は大筋としては正しいと私は思う。私には、「安倍から再選の確約をもらった」ことより、東京五輪延期が本決まりとなって初めて、小池が「コロナと戦うリーダー」の演技を始めたように見えたが、感染者数増加のデータから見て、小池が豹変した時期は、確かに遅きに失した。私は、小池を安倍晋三ともども、コロナ禍を拡大させたA級戦犯だとみなしている。単に首相の安倍晋三が、小池が豹変した段階になってもまだ経産省の意向を気にして対策にブレーキをかけ気味だった醜態を、小池にうまく突かれただけだ。著者が指摘する通り、小池が、よりひどい醜態を晒した安倍に全責任を押しつけたに過ぎない。しかし、このことを見抜くことができなかった人たちが多かったためだろう、コロナ禍によって都知事・小池の支持率は20ポイントほども跳ね上がった。

 コロナ禍に限らず、築地市場豊洲移転問題など、小池都政には失点続きであることがいうまでもない。前記ツイートへのリプライとして呟かれた下記ツイートが指摘する通りだ。

 

 

 来週行われる都知事選の投開票で小池が圧勝することはもはや疑う余地はないが、そんな今だからこそ、かつて小池に「ワクワク」したり、今また「小池知事には特に失点がない」などと言ったりいる人にこそ、本書を読んでもらいたいと強く願う。

 こう書いたところで、どうせ読んではもらえないだろうとは思うけれども。

*1:https://kojitaken.hatenablog.com/entry/20170802/1501632632

*2:ただ、石原慎太郎都知事選再選を果たした2003年に、今回と同じようにいずれもハードカバー本で読んだ斉藤貴男の『空疎な小皇帝 「石原慎太郎」という問題』(岩波書店)と佐野眞一の『てっぺん野郎 本人も知らなかった石原慎太郎』(講談社)の2冊よりは文句なく良かった。