KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

2022年8月に読んだ本 〜 アガサ・クリスティー『葬儀を終えて』(ハヤカワ文庫・新訳版)、黒木登志夫『変異ウイルスとの闘い』(中公新書)

 8月は非常に忙しくて本もまともに読めなかった。しかし2019年1月以来の43か月連続更新が途切れるのも癪なので、今月読んだたった2冊の本の書名を挙げておく。

 1冊目は、昨年1月以来20か月連続で読んでいるアガサ・クリスティの『葬儀を終えて』。一昨年にハヤカワクリスティー文庫で新訳版(加賀山卓朗訳)が出たが、その版で読んだ。

 

www.hayakawa-online.co.jp

 

 作者62歳の1953年の作品で、創作活動の中期の後半あたりに位置するのだろうが、あっと驚く大技を使っている。私見では犯人の当てにくさは『アクロイド殺し』を上回り、『死との約束』や『ポアロのクリスマス』と肩を並べる。ただ、その2作と比べると、全くの想定外ではなく、「えっ、そのパターンだとあの人が犯人ってことになってしまうじゃん。でも、まさかね」と思ってしまったのだった。その「まさか」だった。ものの見事にクリスティの術中にはまってしまった。あることに気づかなければ、「まさか」の謎は解決できない。それに気づくかどうかにかかっている。ヒントはフェアに提示されているのだ。

 そのヒントが新訳では明確に訳されているのに対し、加島祥造の旧訳では肝心な形容詞が訳されていないために気づきにくい。ヒントはその1箇所だけではないので気づくのが不可能とは言わないが、新訳を読む方がヒントに気づくチャンスは多い。その意味でも、本作は旧訳よりも新訳を読む方が絶対におすすめだ。私がこのことに気づいたのは、図書館に旧訳版も新訳版と並んで置いてあったので、本を返しに行った時に訳文を比較したからだ。このヒントは本の初めの方に出てくるので、油断も隙もあったものではない。私は全く気づかなかったのだった。私の場合、クリスティ作品の犯人は当たることの方が多いが、本作は前述の『死との約束』、『ポアロのクリスマス』と並ぶ三大完敗だった。もちろんミステリを読む時は、今回のようにしてやられた時の方が面白いし、評価も上がる。過去に何度も書いたが、大昔の中学生時代に『アクロイド殺し』を読んでいた最中に、悪友にネタバレを食って犯人を知ってしまったのだったが、その時「えっ、本当にあいつが犯人だったのか」と思った。つまり、その時点で私は真犯人を十分疑っていたのだった。当時、同じ趣向の作品は一つも知らなかったにかかわらず。おそらく、私の思考回路がクリスティと似ているところがあるためではないかと想像するが、その私でも全く想定できなかった「意外な犯人」の作品もクリスティには少なからずあるということだ*1

 

 今月もう1冊読んだ本は、黒木登志夫著『変異ウイルスとの闘いコロナ治療薬とワクチン』(中公新書, 2022)。

 

www.chuko.co.jp

 

 一昨年に同じ著者による同じ中公新書から出た『新型コロナの科学』の続篇だが、今年3月までの知見に基づいて書かれている。そのため、第7波の死亡者数が過去の波で最多となった現時点では、著者がもっとも可能性が高いと書いた楽観的な「終わりの始まり」のシナリオが崩れ、同じく著者が提示した、より悲観的なシナリオの方が当たりつつある。ただ、もう一つ提示した最悪のシナリオには至っていないようだ。

 私のようなど素人にとっては前作の方が面白かったが、専門家筋の間では本作の方が評価が高いようだ。なお、今年1月に86歳になった著者は来年第3作を上梓するつもりらしい。頭の下がる話である。

 なお本書では前作に続いて新型コロナ対応に貢献したベストに日本国民を選んでいるが、ワーストに選ばれたのが菅義偉肝煎りの「GoToキャンペーン」だった。これには大いに溜飲を下げた次第。

 来月はせめて3冊は読みたいところだが、相変わらず暇はきわめて少ない。

*1:なお『オリエント急行の殺人』は読む前からネタバレを食っていた。