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古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

黒木登志夫『新型コロナの科学』を読む(第1回)/日本では感染症の分野が「選択もされず集中もされず」、その結果新型コロナ対応に立ち遅れた

 連休中に本を7冊ほど読んだが、その中から黒木登志夫著『新型コロナの科学 - パンデミック、そして共生の未来へ』(中公新書2020)を何度かに分けて取り上げる。

 上記中公のサイトから、本書の概要を引用する。

 

新型コロナの科学

パンデミック、そして共生の未来へ

黒木登志夫 著

 

未曾有のパンデミックはなぜ起きたか――。世界を一変させた新型コロナウイルス。本書は、治療薬やワクチン開発を含む研究の最前線を紹介。膨大な資料からその正体を探る。ロックダウン前夜のベネチア雲南省の洞窟、武漢ウイルス研究所、ダイヤモンド・プリンセス号と舞台を移してウイルスの変遷を辿り、見えない敵に立ち向かう人々のドラマを生き生きと描く。日本政府の対応にも鋭く迫り、今後の課題を浮き彫りにする。

 

 著者の本を読むのはこれが2冊目だ。2016年に同じ中公新書の『研究不正 - 科学者の捏造、改竄、盗用』を読んだ。これは、例の「STAP細胞事件」から2年後に出版された本だが、当時は本ブログの開設前だった*1。同事件における捏造の犯人だった小保方晴子には今も熱烈な「信者」がいるが*2、著者は小保方を含む日本人の研究不正実行犯に対しては実名を使わずにイニシャルで表記している(たとえば小保方晴子は「HO」)。

 その『研究不正』の著者と同じ人が書いていると気づいたのは、本書を8割方読んだ時だった。本書の中に研究不正への言及があり、引用資料に著書自身の『研究不正』が挙げられていたことによって初めて気づいた。

 著者は感染症の専門家ではなくがんの専門家で、東北大学東京大学ウィスコンシン大学、WHO国際がん研究機関、昭和大学でがんの基礎研究を行った。2001年から2008年まで岐阜大学学長、2000年から2020年まで日本癌学会会長を務めた。山中伸弥氏のサイトに著者のページ(下記URL)がある。山中氏が尊敬する癌学者であり、サイエンスライターでもあるとのことだ。

 

 本書は昨年末の刊行だから、本文には日本の第2波までしか書かれておらず、「再校時の追記」に第3波への言及があるものの、第3波による陽性者の爆発的増加は本書刊行のあとのことだから、当然ながらそれ以降については書かれていない。

 しかし、昨年秋までの総まとめとして実に良い本だ。昨年の経緯については、直近のことだからよく覚えているつもりだったが、読んでいて「そういえばそんなことがあったな」と記憶を喚起される箇所も少なくなかった。

 結局、日本は今回のコロナ禍において、欧米よりもずっと少ない感染者数で現在に至っているにもかかわらず、「コロナ敗戦」としか言いようがない惨状を呈している。他のアジア諸国と比較して、島国という有利差があるにもかかわらずウイルスの抑え込みに失敗し、前首相・安倍晋三が根拠もなく信じていた「優秀なわが国の科学者がワクチンを開発する」という願望も現実とはならなかった。その原因として著者が挙げているのが、第7章第7節のタイトルにもなっている「選択もされず集中もされず」という新自由主義政策だ(但し、著者自身は「新自由主義」という言葉を一切使っていない)。以下、本書から引用する。

 

 公衆衛生に関する行政組織もまた、政府の「選択と集中」政策の中で、選択もされず集中もされず、予算と人員は切られ、縮小の一途をたどっている。感染症対策の中核を担う国立感染研、地方衛生研究所、保健所は、すべて縮小されている。(略)予算は10年間で約17%減少し、研究者も18人減の307人となった(2019年度)。(略)保健所もまた大幅に(45%)減少した。(略)

 地方衛生研究所は、2003年から2008年までの5年間だけで、職員は13%減、予算は30%減、研究費は47%も減少している。サポーターもなく、合理化の「草刈り場」になっている地方衛生研究所は、この10年間にさらに状況が悪化しているであろうことが想像に難くない。そのような中、地方衛生研究所が新型コロナウイルスのゲノムを解析し、感染予防の基礎データを提供していることに感謝したい。

 さらに、2019年から厚労省は、公立・公的病院を統合し、2020年秋までに病院を減らす政策を準備していた。しかし、コロナによる医療崩壊の危機に際し、さすがの厚労省も、「コロナウイルス感染症拡大防止の観点」から、再編統合の期限延期通知を出した(3月4日)

 このような一連の動きの背景にある「選択と集中」「グローバル化」については、第13章で改めて触れる。

 

(黒木登志夫『新型コロナの科学 - パンデミック、そして共生の未来へ』(中公新書2020)173-174頁)

 

 上記引用文の最後に言及された本書第13章から、該当箇所を以下引用する。

 

 成長神話の信者たちは、無駄なものは切り捨てろという。成長しつつある、あるいは成長が期待できるものを選択し集中しろという。しかし、選択もされず、集中もされず、消えそうになっているものがたくさんあるのだ。コロナ禍の中で、人々が頼りにしている数々の組織もその一つだ。感染症関係の予算は削られ、自治体で保健を担う衛生研究所や保健所は縮小された。医療は効率化を強制され、空いている病床は廃止された。しかし、突然現れた新型コロナウイルスによって、われわれは、何が本当に大事か気がついた。選択と集中は、企業の戦略としては重要かもしれないが、国民を守る上では、選択も集中もできない大切なものがあるのだ。

 

(黒木登志夫『新型コロナの科学 - パンデミック、そして共生の未来へ』(中公新書2020)291-292頁)

 

 「選択と集中」は、新自由主義経済政策の核心の一つだろう。菅義偉の経済政策のブレーンには代表的な新自由主義者である竹中平蔵がいる。また、日本の政治勢力の中でもっとも過激な新自由主義政策をとっているのが大阪維新の会及びその国政政党版たる日本維新の会であることは常識だろう。

 日本が東アジア諸国の中で新型コロナウイルス対応において最低にランクされ、その日本国内でもっとも新型コロナ対応が拙劣だったのが、大阪維新の会が牛耳る大阪府だったことは偶然ではない。

 新自由主義にかまけた日本、中でも大阪府は、手痛い「敗戦」を喫したのである。(この項続く)

*1:メインブログの『kojitakenの日記』でも取り上げていない。

*2:彼女の人気には、芸能界から転身した某男性政治家の「信者」を連想させる根強さがある。