KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

すぎやまこういち死去/すぎやま作曲のキャンディーズ「ハート泥棒」は「年下の男の子」以後では売り上げが最少だった

 すぎやまこういちが死んだ。

 ドラクエは一度もやったことがないので彼の「音楽」はよく知らない。キャンディーズは私自身はそんなに思い入れはないが、ヤクルトが優勝した1978年に日本シリーズをやった(やらされた)後楽園球場で、キャンディーズは4月4日に解散コンサートを行った。関西からわざわざ見に行った熱心なファンがいたので、キャンディーズの全シングルは私も知っている(1枚も持ってなかったけど)。キャンディーズは1975年に「年下の男の子」で人気がブレイクしたが、これが5枚目のシングルだった。

 その5枚目から引退した当時のシングルである「微笑がえし」までの13作で、一番売れ行きが悪かったのがすぎやまが作った「ハート泥棒」だった。

 この歌の悪口を以前「kojitakenの日記」に書いたことがあるが、1976年春の「春一番」から1977年春の「やさしい悪魔」までのシングル5作の売り上げを、下記リンクから引用しておく。おそらくオリコンの調査によるデータだろう。

 

nendai-ryuukou.com

 

  • 春一番(1976.3.1) 36.2万枚
  • 夏が来た!(1976.5.31) 17.6万枚
  • ハート泥棒(1976.9.1) 9.0万枚
  • 哀愁のシンフォニー(1976.11.21) 22.8万枚
  • やさしい悪魔(1977.3.1) 39.0万枚

 

 ご覧の通り、「ハート泥棒」の売り上げが飛び抜けて悪い。キャンディーズの5枚目以降で「ハート泥棒」に次いで悪いのが1975年6月の「内気なあいつ」の9.8万枚だが、その他はすべて10万枚以上である。「年下の男の子」でいったんブレイクした人気が、その後一時低迷したものの、メロディーが覚えやすく親しみやすい「春一番」で底上げされた。しかし、「ハート泥棒」は「春一番」や翌年春*1の「やさしい悪魔」の4分の1しか売れなかった。

 「ハート泥棒」はいかにも冴えない歌だよなあ、と私も思っていた。キャンディーズメンバーからも馬鹿にされていたという記事を、田中好子が亡くなった10年前に「kojitakenの日記」で公開したことがあって、その記事に対する怒りのコメントを今頃もらったのだが、古いコメントは承認しないという私の方針に従って承認していない。

 しかしそのコメントには、嘘ばかり書くな、「ハート泥棒」は24万枚も売れたぞ、などと書いてあったので、改めて調べた次第。レコード会社(CBSソニー)は19万枚と発表していたが、レコード会社は水増しするのが通例なので、実際には10万枚に満たなかったと思われる。なおオリコンの調査にも多少の水増しがあるとの説もある。

 すぎやまの「音楽」は、松原仁城内実といった、野党または一時自民党から離れていた極右政治家の応援歌以外にはほとんど思い浮かばなかったが、ガロの「学生街の喫茶店」(1972)を作曲している。これはよく売れたし、1972年当時としては斬新さがあったかもしれない。それより古いところでは、ザ・タイガース阪神とは関係ない)の歌の大部分をすぎやまが作曲したとのことで、もしかしたらこれがすぎやま最大の業績かもしれない。

 すぎやまは他に太田裕美のアルバム「思い出を置く 君を置く」(1980)を全曲作曲していて(作詞は全曲サトウハチロー)、これは「ヒロミック弦楽合奏団」というオーケストラをバックにしたものらしい。A面最後の「少年の日の花」がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、B面最後の「思い出を置く 君を置く」がモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」をそれぞれベースにした曲らしいから、すぎやまの嗜好は彼の政治思想にも似て滅茶苦茶に保守的だったのだろう。訃報とともによくニュースで流れてきたドラクエの音楽からも、このすぎやまの指向性は看て取れる。

 だが、太田裕美はもっとモダンな方向が肌に合っていたらしく、そちらに流れ去ってしまった。

 むしろ、すぎやまが好みそうな擬クラシック的な曲をキャンディーズに提供したのが三木たかし作曲の「哀愁のシンフォニー」であり、これは「ハート泥棒」の倍以上の22.8万枚も売れた。タイトルにある「シンフォニー」といいイントロといい、二度の転調といい、19世紀クラシックの趣味を借用したような曲だ。すぎやまも、キャンディーズあたりに彼の本来の好みだろうと思われる擬クラシック的な曲を提供しておけば、「売れないわー」などと馬鹿にされることもなかったのではないか。

 私は、たとえポピュラー音楽であってもすぎやまのような行き方は好まないが、音楽の好みは人それぞれだから、すぎやまの極右思想は嫌いだけど音楽は大好きだという人がいても争うつもりは全くない。

 ただ、「嘘ばかり書くな」というコメントをいただいたので、今回はキャンディーズのメンバーが「売れないわー」「売れないわー」「売れないわー」とカノン式にハモりながら「ハート泥棒」を馬鹿にしたとかしないとかいう真偽不明の話は抜きにして(と言いながら書いてしまったがw)、単に「すぎやまが作曲したキャンディーズの『ハート泥棒』は売れなかった」事実のみを明記して、すぎやまという不世出(どこが?)の作曲家の墓碑銘とする次第。

*1:キャンディーズはなぜか春によく売れた。その意味からも解散を春にしたのは大成功だった。