KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

金子夏樹『リベラルを潰せ』を読む

 正直言って国際政治には無知もいいところなのだが、ウラジーミル・プーチンという人間は昔から大嫌いだ。KGBにいた後ろ暗い過去、2006年のリトビネンコ毒殺事件をはじめとする数々の殺人事件にプーチンの関与があったのではないかと疑っていること、さらにはプーチンのロシアの強権的な手法などなど、ネガティブな材料ばかりで到底肯定的に評価できないからだ。

 しかもプーチン安倍晋三ともトランプとも妙に馬が合う。安倍晋三など北方四島をロシアに「割譲」しかねない勢いで、しかもプーチンになってからロシアは択捉島国後島の実効支配を強め、軍事施設の建設を進めるなどやりたい放題だ。私は北方四島が日本の「固有の領土」であるという日本政府の主張自体には疑問を持っているが、北方四島でのロシアの軍事施設の建設には強く反対するものであって、そもそも沖縄の米軍基地であろうが北方四島のロシア軍基地であろうが、日本の国境近くに戦争を引き起こしかねない基地は全部撤去すべきだというのが私の立場だ。プーチンがやっているのは日本の喉元に匕首を突きつける行為そのものだと思う。一方で、北方四島は自然の宝庫でもあるから、知床の世界自然遺産北方四島とウルップ島に拡張せよという、かつてソ連末期や新生ロシア初期にロシア側から言い出した案への支持を唱え続けている。安全保障と自然保護の一石二鳥というわけだ。安全保障についていえば、いい加減人類は国境近くを緩衝地域にするくらいの知恵を身につけるべきだろう。いずれにせよ、拡張主義的な野心をむき出しにするプーチンは絶対に許せないと思っている。

 そのプーチンの保守反動性を指摘する本を読んだ。

 

リベラルを潰せ ?世界を覆う保守ネットワークの正体 (新潮新書)

リベラルを潰せ ?世界を覆う保守ネットワークの正体 (新潮新書)

 

 

 出版元が新潮社だし、上記リンクの画像に「佐藤優氏、推薦!」という帯がついているなど、警戒しつつ読んだが、この本を読む限り、「労働問題や経済には関心が薄いけれどもLGBTなど多様性の問題は熱心」と思われる日本のリベラルは、後者について文字通り保守反動的な姿勢をむき出しにするプーチンに対して厳しい目を向けて当然ではないかと思わずにはいられない(現実には「リベラル」と「安倍信者」の双方がプーチンに大甘であることに対して私は強い不満を持っている)。ただ、日本経済新聞社に所属する著者のスタンスは曖昧で、プーチンに対して一貫して「保守反動」という言葉を使っていることから著者がリベラルの立場に立っていると思いきや、巻末になって突如保守派に理解を示すような記述が出てくるなど、著者のスタンスがぶれているとしか思えなかった。

 まず、出版元・新潮社のサイトから引用する。

 

www.dailyshincho.jp

増えるパートナー制度

 千葉市は今月、生活をともにする二人を夫婦と同じような関係の「パートナー」と公的に認める新制度を導入する。この「千葉市パートナーシップ宣誓制度」は、対象をLGBTなどの性的少数者に限らず、事実婚カップルなども申請できるのが特徴だ。
 市は今月29日にパートナーシップ宣誓証明書交付式を予定しており、HPで宣誓希望者を募集している。

 こうした制度は欧米の先行例を参考にしたものなのは言うまでもない。しかし一方で欧米には、こうした流れに抗い、活動する団体もまた存在することはあまり知られていない。その団体は本拠をアメリカ・イリノイ州に置く「世界家族会議(World Congress of Families)」。
 彼らは決して少数派ではなく、トランプ大統領の岩盤支持層ともなるほどの存在感を示している。

 彼らは一体、何者なのか。長年取材してきた金子夏樹氏(日経新聞記者)の新刊『リベラルを潰せ――世界を覆う保守ネットワークの正体』をもとに紹介しよう(以下、「」内は同書より引用)。

 

ナチュラル・ファミリー以外を排除

「世界家族会議は日本ではなじみが薄いが、世界各地で隠然たる影響力を持つNGOでもある。『伝統的な家族観を守る』という主張を掲げ、その賛同者は世界に広がっている。米国のジョージ・ブッシュ(子)元大統領はこの団体にあてたメッセージで、『あなた方の努力は世界をより良くしています』と称賛している。

 世界家族会議が掲げる『伝統的な家族観』とは聞こえは良いが、言外に込められた意味があることに注意が必要だ。伝統的な家族は男性と女性による結婚とその間に産まれる子どもという、狭い意味での家族に限られる。同団体がホームページなどに掲げるロゴは、男性と3人の子どもたち、そして女性が手をつないだものだ。よく見ると女性はもう1人の子どもをお腹に宿しているようにも見える。世界家族会議はこの家族を『ナチュラルファミリー(自然な家族)』と表現し、これのみを各国の政府が守るべき対象とする。
 ナチュラルファミリーを絶対視すると同時に、世界家族会議は、同性カップルを排除すべき対象とみなしているのだ」

 この世界家族会議は、アメリカ最大の宗教勢力であるキリスト教右派の思想を海外に広める組織だという。彼らは聖書を根拠にLGBTの権利拡大を嫌い、人工中絶にも反対し続けている。

聖書に書いてある

キリスト教文化の伝統を大事にしてきたかつてのアメリカでは、同性愛は最悪の性行為の1つとみなされてきた。その根拠も聖書の言葉にある。『女と寝るように男と寝るものは、2人とも憎むべきことをしたので、必ず殺されなければならない。その血は彼らに帰するであろう』(旧約聖書レビ記20章13節)。

 旧約聖書の創世記で神が男(アダム)と女(イブ)を創り出したことを重視し、男性と女性は結ばれて一心同体になるととらえるのだ。『神はアダムとスティーブンを創造したのではない』(米国の保守系牧師)というわけだ」

 こうした考え方は、キリスト教の専売特許ではない。イスラム教の聖典コーラン」にも「2人の男が互いに不道徳な行為を行った場合、その両方を罰する」という記述がある。
そのため宗教右派たちは反リベラルを旗印に、国や宗派といった枠を超えて団結している。
 彼らの結集の場となっているのが「世界家族会議」なのだ。実際に、北米や欧州・ロシアを中心に、35の有力NGOが世界家族会議のパートナーとなり、ロシアのプーチン政権とも緊密な関係を保っている。
 実はトランプ大統領プーチン大統領との接点は、こうした保守的な思想にあるという見方もあるのだ。

 欧米の人権団体による憎しみを世界に輸出する団体といった批判も強いものの、この世界家族会議に集まる予算規模は年間で総額2億ドルを超えるという。

「台湾でも2017年から同性婚の容認をめぐる議論が高まるなど、対立の火種はアジアにも波及しています。『世界家族会議』は間違いなくアジア、そして日本を視野に入れているはずです」と金子氏は警鐘を鳴らしている。

デイリー新潮編集部

(デイリー新潮 2019年1月21日)

 

 実際、『リベラルを潰せ』で紹介される「世界家族会議」のあり方から強く連想されるのは日本で近年話題に上ることが多くなった「日本会議」であり、年々保守化を強めるプーチン安倍晋三(やトランプ)との馬が合うのはさもありなんと思えてしまう。

 『リベラルを潰せ』はほとんど話題になっていない本のようだが、ネット検索をかけると元新潟大学保守系の学者と思われる三浦淳氏のブログから引用する。少なくとも記事の初めの方は本の内容の良いまとめになっているし、違和感の多い後半も私がリベラル側から違和感を持った部分を保守の側から評価しているあたりが面白いと思った。

 

blog.livedoor.jp

評価 ★★★☆

 出たばかりの新書。著者は1978年生まれ、筑波大卒、日経新聞勤務。

 ロシアや米国で、LGBTや中絶を擁護するリベラルへの批判を行う保守派の動きが顕在化しているが、その組織である「世界家族会議」の実態やネットワークを紹介した本である。

 基本的には伝統的なキリスト教倫理観を前面に押し出すイデオロギーに依拠しており、これがロシアならソ連解体後に復活してきたロシア正教、米国ならキリスト教原理主義などと結びついてリベラルの動きを封じようとしている、ということである。伝統的な父権主義による父母と子供たちによる家庭をあるべき姿と考え、同性婚や中絶には反対の立場をとる。

 そして「世界家族会議」は第一回総会が1997年にプラハで開かれているが、この時点で40ヵ国から約700名が集まったという。2016年時点で35の有力NGOがこの会議のパートナーとなっており、年間予算規模は総額で2億ドルを超える。

 またこうした動きは政治家や各国の政治情勢とも結びついている。プーチンにしても、最初から現在のような右派だったわけではなく、ソ連解体直後には西欧民主主義的な方向性をとっていた。ところが東欧諸国が雪崩を打ってNATOに加盟していく中で(ロシア側の言い分では、これは西側の約束違反であるという)ロシアは危機感を強め、ソ連以前の伝統的な価値観やロシア正教と結ぶことで一般民衆の支持を拡げていく戦略を取るようになっていったのだという。

 ハンガリー、シリア、ウクライナなどの動向、またイスラム圏諸国の動きともこうした保守主義の運動は関わりを持っているのであり、単なる家族問題や中絶問題にはとどまらず、広く世界政治の流れにも影響を与えているのだ。

 ロシアの保守主義については「ユーラシア主義」の流れを紹介してその関連を探る試みもなされている(187ページ以下)。要するにリベラルの主張する個人主義には限界があるとして、家族や民族といった共同体の中に個人の意義を位置づけるという思想なのである。

 記述は整理されていて具体的であり、非常に分かりやすい。日本ではキリスト教の勢力が弱いから世界家族会議の動向もあまり知られていないが、そういう意味では貴重な本である。また最後近くには日本の保守主義者の家族観についても取材がなされている。

 というわけで悪くない本だけれど、若干の疑問点を挙げるなら、まず著者の言葉遣いである。世界家族会議の動きを「保守反動」と一貫して呼んでいるのだが、「保守」はいいとして「反動」はどうだろうか。「反動」とは、進歩主義から来る用語であり、世界は自然科学の法則のごとくに特定の方向に進歩していくもので、それに合わないものは「歴史の法則」に反するから叩かれて当然というような考え方から出てきている。しかし今どき、歴史の動きを自然科学の法則と同じと考える人間はあまりいないだろう。

 以上のような疑問は、つまりは著者が近代思想をどの程度押さえているかという疑問に直結する。ある箇所では個人主義の超越という思想を「ファシズムと共通点が多い」(192ページ)としたかと思うと、別の箇所では伝統主義を「ファシズムの源流」(199ページ)と言っている。しかしファシズムが出てきたのは「民族自決主義」に基づく民主主義の潮流の中においてであったこと、つまり「近代の超克」という思想こそが近代主義の一種であったことを著者は見落としている。近代の民主主義は同質者(例えば「同じ民族」「同一宗教」)の集合体においてこそ可能となるとされたのであり、そこからファシズムも生まれてきたのであって、古い「伝統的な帝国」であれば異質のものの集合体が「皇帝」によって統治されるからファシズムは起こらない(だから最近は逆に「帝国」が再評価されたりしている)。

 著者は「あとがき」では自分の立場は中立であり、リベラル派への警鐘として本書を執筆したと語っている。であれば、例えば中絶問題については通り一遍の「リベラル=中絶賛成=先進国の常識」といった図式にはそれなりに留保をつけるべきではないか。

 以下は私個人の意見だが、中絶とは人殺しと同じであり、人殺しを「女性の権利」などと言う輩は頭がおかしい。死刑に反対するくらいなら中絶に反対すべきだ。なぜなら死刑になる人間は(冤罪の場合を除いて)重罪を犯しているのに、胎児は犯罪行為などこれっぽちも犯してはいないからである。「中絶賛成、死刑反対」を叫ぶ人間はまともな知的能力を持たないというのが私の持論である。

 また米国でも、リベラル派のビル・クリントン政権も「家族の価値」は重視していたし、オバマ前大統領も、権利としての中絶はいちおう認めてはいたが、なるべく中絶しないで済むような社会をとも言っていた。つまり、「中絶=リベラル=いいこと」「家族の大切さ=守旧的価値観=ダメ」というような図式では済まない部分があるということだ。

 もっとも、日本における「子供を持たない」ことと「生産性」の議論について紹介した箇所(232ページ以下)では、「生産性」の意味が保守派とリベラル派でズレていると冷静に指摘していて、悪くなかった。こうしたキレが他の箇所にも見られれば、名著と呼ぶに値する本になったと思う。

(『隗より始めよ・三浦淳のブログ』2019年2月5日)

 

 ここで保守派の三浦氏は、

著者は「あとがき」では自分の立場は中立であり、リベラル派への警鐘として本書を執筆したと語っている。

 と書いたが、本から直接引用すると、

 本書はリベラル派への警鐘である。

 保守反動の台頭を許したのは、リベラル派に巣食う問題でもあるからだ。(243頁) 

と書かれており、保守反動に対する批判が著者の基本的なスタンスであるとは認められる。ただ、特に巻末に近いあたりから、唐突に妙に保守派に理解を示し始める印象を受け、そのあたりに著者のスタンスのブレが感じられるのだ。

 なお、私自身もよく括弧付きの「リベラル・左派」という表記でリベラル批判をするが、基本的には人間社会の進歩を信じるリベラル派を自認している。多様性が認められるようになったのは良いことだし、労働者を含む人々が搾取されることなくより良い生活を営むことができる社会に変えていかなければならないというのが私の立場だ。その上で、現在の「リベラル・左派」には後者の観点が弱い、つまり多様性(や反戦平和)には熱心だけれど労働や経済には関心が薄いという不満を常日頃から持っている。

 なお、中絶に対する私の意見は、上記記事に引用されたオバマの立場に近いかもしれない。一方、死刑には絶対に反対だ。

 そういった細部はさておき、少なくともリベラル・左派を自認する人間ならば、ウラジーミル・プーチンを強く批判する立場をとるべきだとの確信はますます強まった。

 最後に、先月上旬、『kojitakenの日記』に引用したツイート2件を再び挙げておく。

 

 

 

 くたばれ、ウラジーミル・プーチン