KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

1978年の初出時よりも1.14倍速い「スピードアップヴァージョン」が2023年にリリースされていた岩崎宏美の「シンデレラ・ハネムーン」

 ストレスが溜まった時に私がたまにやるのが、「大嫌いな東野圭吾の小説を批判する目的で読む」ことだ。今回もそれをやった。

 今回の標的は『黒笑小説』という短篇集で、2005年に集英社から単行本が出て2008年に集英社文庫入りした。読んだのは文庫版。2008年というと他社の文庫本(特に新潮文庫講談社文庫)はもう字が大きくなっていたが、集英社文庫はまだそれ以前の小さな字だったのが鬱陶しかった。

 

www.shueisha.co.jp

 

 残念ながら、13の短篇を収録したこの本はどの短篇もつまらなかったので退屈しただけだった。特に小説家と雑誌の編集者が出てくる、筒井康隆の『大いなる逃走』のパロディである最初の4篇がひどかった。

 9篇目の「シンデレラ白夜行」は、童話のシンデレラを東野自身の代表作とされる長篇である『白夜行』という極悪人の男女2人が主人公の小説のヒロインになぞらえた作品だが、私は童話の「シンデレラ」自体のストーリーをもうすっかり忘れていた。どうやら「かわいそうな女の子」が主人公の「シンデレラ」が実はたいへんな性悪女だったという話を東野が書いているらしいことだけはわかったが、読み終えたあとに「シンデレラ」のストーリーを再確認する羽目に陥ってしまった。

 でも、シンデレラが実は「かわいそう」どころか性悪だったという設定は古くからありそうだし、最近の日本の政治でも似たようなキャラクター、つまり「泣き落とし」を得意技にするとんでもなく極悪な人物がいるよなあ、などと余計なことを思い浮かべて余計にストレスが増幅されてしまった。

 政治の話はともかく、「シンデレラが性悪」を検索語にしてネット検索をかけたら、AIが下記の答えを返してきた。

 なんのことはない。もともとのグリム童話に基づいて21世紀(2004年)の東野圭吾と同様の発想でパロディが作られていたようだ。私が「陳腐だなあ」と思ったのも無理はなかったかもしれない。

 しかし思わぬ副産物があった。シンデレラについて調べている最中、昔の岩崎宏美の「シンデレラ・ハネムーン」という歌が頭の中で鳴り響き続けたのだ。

 それがいつ頃の歌だったのか、私ははっきり覚えていた。1978年のたぶん7月頃だろうと思ったらドンピシャで、1978年7月25日発売だった。私は岩崎宏美の大ファンではなかったが少しファンだった。難点は岩崎の歌は技術的には申し分ないのだけれども、あまりにも陰影というか屈託がなさ過ぎるところに物足りなさを感じていたのだった。岩崎の妹の岩崎良美もアニメ主題歌『タッチ』で知られる人気歌手だったが、こちらは技術的には姉に及ばないものの一種独特の屈託があるところがかえって良かった。2人は一長一短だと思った。この岩崎姉妹は現在私が住む東京都江東区の出身であることは当地に移住してから知った(後述の通り、東京出身であることは知っていた)。

 「シンデレラ・ハネムーン」がコロッケというお笑い芸人にモノマネされていたらしいことも知っていたが、実際にコロッケのモノマネをテレビ等で見た記憶はない。

 調べてみると、コロッケは歌のスピードを2倍にして、つまり岩崎宏美の声を倍速で1オクターブ上げて、顎を突き出して歌う岩崎のモノマネをして当たりをとったらしい。

 ところが2023年に同じ岩崎の歌をキーを上げずにテンポだけ速くした歌をバックにして、ダンスチーム「アバンギャルディ」が踊るダンスが当たりをとったという。ダンスチームにはコロッケも「表情の指導」にあたったとのこと。この企画に際して、岩崎宏美自身の許可を得てシングルの発売元のビクターエンタテインメントが「シンデレラ・ハネムーン」の「スピードアップヴァージョン」(1.14倍速版)をリリースしていたことを知ったので視聴してみた。

www.youtube.com

 いやあやっぱり岩崎宏美は良い歌手なんだなあと改めて思った。テンポもこれくらい速い方が下記のオリジナルより良いのではないか。

www.youtube.com

 1978年にこの歌がリリースされた時にはそれほどのヒットにはならなかった。しかしこの年の紅白歌合戦で岩崎が歌ったのはこの歌で、しかも紅白で岩崎は上記EPからとられたYouTubeファイルよりもテンポを上げて歌ったらしい。

 この歌のオリジナルキーはE♭m(変ホ短調)だが、普通に1.14倍にテンポを上げるとピッチ、つまりキーも上がってしまう(Fmくらいに聴こえるはず)。しかしデジタル信号処理によってキーを保ちながらスピードアップすることは簡単にできてしまうようだ。1.14倍速ヴァージョンでも原曲のE♭mが保たれている。この件に関してAIに教えてもらった情報を以下に転載する。

 私が岩崎宏美の歌で一番好きなのは1981年の「すみれ色の涙」だが、これはブルーコメッツが1968年にリリースした「こころの虹」のB面ソングのカバーだ。ここらへんについては一度このブログで取り上げたことがあるような気もするが、このブログで岩崎宏美を取り上げることもあまりないだろうから以下にサイトを示しておく。

www.youtube.com

 しかし岩崎の代表作とされる「聖母(マドンナ)たちのララバイ」(1982)を私は昔から嫌っていた。だからこの歌はリンクしない。リリース当時私はまだ大学生だったが、競争社会で傷ついた企業戦士を癒すかのような歌詞が、まだ社会人になる前の私を大いに警戒させた。最近も「働いて」の5乗とかいう、いやこの話は止めておく。昨年、37年ぶりに紅白歌合戦岩崎宏美が出ると知った時、この歌だけは歌ってほしくないけど結局歌うのはこの歌なんだろうなあと思ったら予想通りだったのでがっかりした。せっかくの機会だったから視聴はしたけれど。

 案の定というべきか、この歌を歌っていた頃の岩崎は歌に込められた含意を知らなかったらしい。以下2016年の産経新聞記事より。

www.sankei.com

 以下引用する。

岩崎宏美聖母たちのララバイ」ヒットの理由が当時は分からず…40年積み重ね新境地の歌唱

2016/9/24 10:58

 

 当時、関西の若者たちに絶大な人気を誇った深夜のラジオ番組があった。ヤンタンの愛称で親しまれたMBSの「ヤングタウン」。岩崎は毎週火曜日、やしきたかじんらとパーソナリティーとして出演していた。

 「毎週火曜の夜、ヤンタン出演のため、旅客機に乗り東京から大阪の伊丹空港を使っていたのですが、私より年上のサラリーマンたちから『あの曲いいですね。聴いていますよ』と声をかけられることが増えてきたんです」。それまでのファンは圧倒的に若者が多く、「一体、なぜ?」と不思議だったという。

 「だんだんその理由が分かってきました。あの曲とは『聖母たちのララバイ』でした。企業戦士たちにとって人気の曲になっていたんですね。私はヤンタンの出演で火曜夜に番組を見ることができなかったので、人気が理解できていなかったんですよ」と笑った。

 8月に発売された国府との新アルバム「ピアノ・ソングス」には「聖母たちのララバイ」も選んで収録した。「今ならこの歌詞の意味がよく分かります」。16歳から芸能界の第一線で歌い続け、数々の苦労を乗り越えてきた岩崎は自信に満ちた表情でこう語った。

(戸津井康之)

産経新聞より)

URL: https://www.sankei.com/article/20160924-J4J74QXAEJP7TKRQOXDJMSCXMQ/2/

 大阪の毎日放送が制作するMBSヤングタウンヤンタン)火曜日に岩崎は出演していたのだった。私がその頃には上京していたので聴く機会はほとんどなかったが、出ていたことは知っていた。のちには妹の岩崎良美も同じ番組の別の曜日に出ていたはずで、江戸っ子の岩崎姉妹が大阪の番組に呼ばれるとは面白いなあと思ったものだった。そう、その頃からこの姉妹が江戸っ子だったことだけは知っていた。しかし本所深川がどこにあるか、何区なのか等はおろか、本所深川という地名さえ知らなかったし、それどころか東京の下町が東京のどのあたりにあたるかも関西の高校生だった私は全く知らなかった。もっとも深川の地名はこの地域を開拓した摂津国の人、深川八郎右衛門の姓からとられている。私の出身地はその摂津国で、摂津国の中で大阪、阪神間、神戸と移り住んだのだった。

 上記産経の記事の最後に「数々の苦労を乗り越えてきた岩崎」とあるが、岩崎の芸能生活は事務所を移るまでは順風満帆だったがそのあとはいろいろ苦労を重ねたらしい。その時には周囲のほとんどたちに手のひらを返されて、残った味方は妹の良美だけだったとのこと。骨肉の争いもあったようだが、良美との姉妹仲だけは一貫して良かったらしい。ただ親との間にはいろいろあったとか。前述の岩崎良美(妹のほう)の歌に聴かれる一種独特の「屈託」もそのあたりと関係があったのかもしれないと思う。しかしそのあたりについてはこの記事では紹介しない。だが、近年そのあたりの事情を知るにつけ、岩崎宏美という気風の良い深川っ子に対する私の心証はずいぶん良くなった。彼女も今なら少女時代のような「歌に屈託がなさ過ぎる」弱点を克服したに違いない。

 最後に岩崎の歌について書いておきたいことがもう一つだけあった。それは「みじかくも美しく燃え」という歌で、タイトルからクラシック音楽、特にモーツァルトのファンなら誰でもピンとくると思うが、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番の第2楽章の一部を歌ったものだ。

www.youtube.com

 モーツァルトの原曲はヘ長調だが、その主要主題(第1主題)を岩崎はC(ハ長調)で歌う。原曲ではそのニ短調を経てハ長調に転調して同じ調の第2主題に移るが、その部分を今度は原曲と同じキーで歌うという結構凝った編曲になっている。

 モーツァルトの原曲には結構短調に転じる陰影の深い部分が多いが、それらは割愛されている。わずかに経過部の最初に出てくるニ短調の短い部分を活かしただけだ。しかしポップスへの編曲はこれで良い。

 なお当該のモーツァルトの音楽については、昨年11月9日に公開した下記記事に書いた。

kj-books-and-music.hatenablog.com

 「岩崎宏美とクラシック」については上記の例しか知らなかったが、ネット検索をかけると、なんとチェコ・フィルが伴奏をつけた「シンデレラ・ハネムーン」がみつかった。Spotifyのファイルへのリンクを以下に示す。

open.spotify.com

 この音源の存在は許光俊氏が書いた下記記事にて知った。

www.hmv.co.jp

 以下当該部分を引用する。

(前略)ところがである。このアルバムは抑制系の、コントロールがよく効いた、あえて言うならばドイツ・リート的歌唱なのだけど、その反対方向でも異常に強烈な録音があったのだ。なんと、チェコ・フィルをバックに従えた、その名も「PRAHA」というアルバムだ。東欧やロンドンのオーケストラが時折映画音楽やポップスを演奏することはあるが、岩崎宏美もその例とは最近まで知らなった。

 聴いてビックリである。本格的なクラシックのオーケストラが使えるからなのか、編曲も歌唱も尋常ならぬ気合の入り方。

 最初に入っている「聖母たちのララバイ」は、あまりにもゴージャスすぎる編曲とオーケストラ演奏、それに負けじという灼熱の歌唱にあっという間にノックアウトされた。おそらく一撃必殺でこれをアルバムの頭に置いたのでしょうが、見事にやられました。

 どれくらいすごいかって、これじゃあ、どんな曲なんだか全然わからない! というほどなのだ。

 まさに絹のようなヴァイオリン、すばらしいホルン・セクション、漂うようなオーボエの美しさ。次々に音色や陰影を変える和音。ちょっとした弦楽器の刻みだけで、オケのすばらしさにドキドキさせられる。もしかして、チェコ・フィルの最高の録音ってこれですか、と嫌みが言いたくなるほどだ。

 こんなオーケストラに耳を傾けていると、声や歌詞が頭に全然入ってこない、ということはない。歌も負けじとすさまじい熱量なのだから。驚くほどの超のろのろテンポでこれでもかと、声、歌、言葉のひとつひとつを刻印していくみたいに続けていく。個々の要素をクリアにして、噛んで含めるように念を押すのは、まるで晩年のチェリビダッケ

 すべての音を長めに取りたがるのは、昔のオペラ歌手みたいだなあなどと思いながら聴いていると、パイプオルガンまで鳴り出して不意を突かれる。ああ、確かに。マドンナですからねえ。

 そして最後は、ストコフスキー版「トッカータとフーガ ニ短調」みたいに、ごうっという響きでとどめを刺される。マニアならご存知でしょう、ストコフスキーチェコ・フィルのバッハ集。長めの後奏が実にうれしい。

 参りました。完全に降参。はっきり言って、一度聴いただけでは、とてもじゃないが、すべては味わいつくせない。何度でも聴いてください。私も何度でも聴いています。これが5,6分の曲とはまったく信じられない、異様なまでの濃さである。それとこの曲、歌詞の内容が強烈なんですね。ただの恋じゃない。ずいぶん思い切ったものだ。

 「思秋期」はピアノ五重奏曲みたいな編曲で、これまたいったい何だかわからなくなっている。語るレチタティーヴォみたい。あるいはリート。

 念のために言っておくと、わからないという言葉を私は連発しているが、これは誉め言葉である。普通は、わからないというのは悪い意味で使うが、わからないということはドキドキさせる、未知の新たな曲面を見せてくれるわけだから、発見や刺激があるわけだから、おもしろいということだ。私はたいがいの場合は誉めるために使う。

 「夢やぶれて」という曲では、地獄に落ちるとか、夢は帰らないとか歌っているくせに、超豪華な編曲。おい、そんなところでハープ鳴らすなよ。

 弦楽合奏向けにアレンジされた「ロマンス」の始まりは、ドヴォルザークの弦楽セレナーデですか。チェコならではの弦楽器の美しさ(と昔の評論家が言いたがるに違いない)、その伝統的な美感と日本語の歌、楽想のずれがたまらない。身がよじれる。あなたが好きなんです、というところの弦楽器のリズムには赤面。チェコ・フィルにこんなもの弾かせたのかあ。

 「シンデレラ・ハネムーン」、これもチェコ・フィルが弾いていると思うと、何とも言えない気持ちになる。チェンバロまで動員されているし。弦の刻みはストラヴィンスキー新古典主義みたい。

 ともかくクラシックをよく知る者なら、あちこちで、驚きの声をあげてニヤニヤするアルバムなのだ。そして、西洋音楽の流れで演奏するオーケストラと、日本語の抑揚や感覚が一致しないという決定的で残酷な事実を再確認させるアルバムでもある。たとえ同じように五線譜に書かれていたとしても、その間には容易に超えられない壁がある。

 とはいえ、こんな金のかかりそうなアルバム、よく作ったなあ。いったい誰が買うんでしょう。チェコ・フィルに反応するクラシック愛好家が買うとも思えない。岩崎宏美ファンが、おおチェコ・フィル!と喜ぶようにも思えない。

 わからないけど、まあいいや。とにかくすごいアルバムが制作されていたことを知った。愛聴します。

URL: https://www.hmv.co.jp/news/article/2102081017/

 当該アルバムは2007年5月に発売された。さらにネット検索をかけると、岩崎宏美自身がこのアルバムについて書いたTouTubeの動画(2020年)がヒットした。下記に示す。

www.youtube.com

 おそるべし! 岩崎宏美!!