亡くなった坂本龍一がバッハに傾倒していたことから、昨日はバッハをジャズのアカペラ・ヴォーカル・グループであるスウィングル・シンガーズがスキャットの歌唱法(歌詞なしの「ダバダバ」)で歌った動画(あるいは静止画と音声)をずっとYouTubeで視聴していた。
このグループの存在を知ったのは、バロック音楽にも現代音楽にも好奇心を持つようになった1976年頃で、おそらくNHK-FMの番組で皆川達夫(1927-2020)、服部幸三(1924-2009)両氏のいずれかに教えていただいたものだと思われる。
しかしそれよりも強く印象に残っているのは、1987年に歯医者で虫歯の治療を受けている時にBGMでおそらくこのグループによるバッハの平均律曲集第2巻第9曲ホ長調のプレリュードが流れていたことだ。その前年にグレン・グールドがピアノを弾いた平均律曲集の4枚組1万円也のCDを大枚はたいて買って愛聴していたので、曲は知っていた。あいにく昨日聴いたYouTubeの40曲以上のファイルにこの曲はなかったが。
でもこのグループをまとめて聴いたことはこれまでになかったので、グループについても全然知らなかった。基本的なことは例によってWikipediaで知ることができるので以下に引用する。
ザ・スウィングル・シンガーズ(The Swingle Singers)は、アメリカ合衆国出身のワード・スウィングル(Ward Swingle, 1927年9月21日- アラバマ州モービル生)が、1962年にフランスのパリで結成したア・カペラ・ヴォーカル・グループ。
結成当初のメンバーはアンヌ・ジェルマン、ジャネット・ボーコモン、ジャン・キュサックらで、ミシェル・ルグランの姉のクリスチャンヌ・ルグラン(Christiane Legrand)がリード・ソプラノ。
概要[編集]
グループは全部で8人のメンバーからなり、構成はソプラノ、アルト、テノール、バス、各2名。ジャズのスキャットの歌唱法を男女の混声合唱に持ち込んだそのサウンドは、ジャズの側からもクラシックの側からも異色で新鮮なものとして評価され、一般にも理解しやすい音楽は「ダバダバ」コーラスとして知られる。
バッハ・シリーズのヒットから始まってベートーヴェン、チャイコフスキーからオペラ(ロッシーニ)にいたるまでクラシック音楽でのレパートリーを拡げ、さらに現代ポップスのヒットチャート(ビートルズ・ビージーズなど)やその他のスタンダード・ナンバーのアレンジと、幅広い楽曲の複雑かつテクニカルかつ印象的なカバーを生み出している。アレンジはジャズの和声法やスタイルが基調であることが多い。ナット・キング・コールなど洗練された歌手・ピアニストの影響も見られる。
経歴[編集]
レ・ドゥブル・シス(Les Double Six)という有名なフランスのヴォーカル・グループに在籍していたワード・スウィングルに率いられて、スウィングル・シンガーズはシャルル・アズナヴールやエディット・ピアフといった歌手たちのバックで歌うセッション・シンガーとして活動を始めた。ミシェル・ルグランのためにジャズ・ヴォーカルをやっていたが、ミシェル・ルグランが映画音楽の仕事のためハリウッドに去ると、つまらない仕事しかなくなって、スウィングルはやりがいのあるものを探し、J・S・バッハの『平均律クラヴィーア曲集』に目をつけた。そうして作られたアルバム『Bach's Greatest Hits』は大ヒットとなった。
1967年にラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌを録音したが、版権所有者(作曲者の弟エドゥアールの運転手)が、レコードにその演奏を入れることを反対したため、ロドリーゴのアランフェス協奏曲に置き換えられた(Concerto d'Aranjuez • Swingle Singers • "Sounds of Spain")。その後も、亡き王女のためのパヴァーヌは演奏会で取り上げられることはあっても、レコードやCDで発売されてはいない[1]。
モダン・ジャズ・カルテット(MJQ)と共演したJ・S・バッハの『G線上のアリア』(アルバム『ヴァンドーム広場』収録)も大ヒットとなった。ルチアーノ・ベリオのポストモダン交響曲、8声と管弦楽のための『シンフォニア』(1968年)は、スウィングル・シンガーズを念頭に置いて書かれたもので、オリジナル録音にも参加している。他にも、現代音楽作曲家ベン・ジョンストン(en:Ben Johnston (composer))の『Ci-Git Satie』や『Visions and Spels』をレコーディングしている。
スウィングル・シンガーズの活動は2期にわかれ、第1期は1962年から1973年にかけてフランスを拠点に、第2期は1973年から現在までイギリスを拠点に活動している。(第2期には、スウィングルII(Swingle II)、ザ・スウィングルズ(The Swingles)、ザ・ニュー・スウィングル・シンガーズ(The New Swingle Singers)という名前を用いていることもある)。メンバーは時期によって異なる。
現在のメンバーは以下の通り。
- ジョアンナ・ゴールドスミス(ソプラノ)
- ジュリー・ケンチ(ソプラノ)
- クレア・ホイーラー(アルト)
- ジョアンナ・マーシャル(アルト)
- リチャード・エテソン(テノール)
- トム・バラード(テノール)
- ケヴィン・フォックス(バス)
- トバイアス・ハグ(バス)
イタリアの作曲家ルチアーノ・ベリオ(1925-2003)の『シンフォニア』は私でもCDを持っているくらい有名な現代音楽だ。その曲への参加が前提とされていたくらい、フランスを拠点として活躍していた1960年代には一世を風靡したグループだった。『シンフォニア』についてもWikipediaから引用する。
ルチアーノ・ベリオの『シンフォニア』(Sinfonia、1968 / 1969年)は、ニューヨーク・フィルハーモニックの125周年記念として委嘱された、5楽章から成る管弦楽曲。8人の混声重唱を伴う。第4楽章までがベリオ自身の指揮により同オーケストラで1968年10月10日に初演された。翌年、5楽章に改訂され、エルネスト・ブール指揮の南西ドイツ放送交響楽団によりドナウエッシンゲン音楽祭にて初演された。なお、どちらも重唱はスウィングル・シンガーズが担当している。
編成[編集]
ソリスト[編集]
ボイス8
木管楽器[編集]
ピッコロ、フルート3、オーボエ2、イングリッシュホルン、小クラリネット、ソプラノクラリネット3、アルト・サックス、テナー・サックス、ファゴット2、コントラファゴット
金管楽器[編集]
打楽器[編集]
3人の打楽器奏者が演奏する。
打楽器1[編集]
ティンパニ、グロッケンシュピール、スネアドラム、タムタム、ボンゴ
打楽器2[編集]
マリンバ、タムタム、シズル・シンバル、スネアドラム、バスドラム、タンバリン、ウッドブロック3、むち、ギロ、スレイベル、トライアングル
打楽器3[編集]
ヴィブラフォン、タムタム、シンバル、スネアドラム、バスドラム、ボンゴ、タンバリン、カスタネット、ギロ、スレイベル、トライアングル2
鍵盤楽器[編集]
弦楽器[編集]
楽曲構成[編集]
- 第1楽章 - フランス語の歌詞。クロード・レヴィ=ストロースの『生のものと火を通したもの』から引用。
- 第2楽章 - O Kingの副題。キング牧師の名前を歌詞の素材として使用。
- 第3楽章 - マーラーの交響曲第2番第3楽章を元に多種多様な曲をコラージュ[1] した楽章。
- 第4楽章 - 第1楽章の歌詞を抜粋。第2楽章と対になっている。
- 第5楽章 - 第1楽章から第4楽章までを再構成。
参考文献[編集]
- リッカルド・シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団CDブックレット PROA-217
- David Osmond-Smith, Playing on Words – a Guide to Luciano Berio's Sinfonia -, 1985、Royal Musical Association, London.
脚注[編集]
- ^ David Osmond-Smithの著書によれば、使われている曲には次のようなものがある(登場順)。シェーンベルク/5つの管弦楽曲作品16〜第4曲「急転」 - マーラー/交響曲第4番第1楽章冒頭 - ドビュッシー/交響詩『海』第3楽章 - ドビュッシー/交響詩『海』第2楽章 - マーラー/交響曲第4番第1楽章 - マーラー/交響曲第2番第3楽章 - ヒンデミット/室内音楽第4番第5楽章 - ベルリオーズ/幻想交響曲第2楽章 - ベルク/ヴァイオリン協奏曲第2楽章 - ブラームス/ヴァイオリン協奏曲第2楽章 - ラヴェル/『ラ・ヴァルス』 - ラヴェル/『ダフニスとクロエ』 - マーラー/交響曲第9番第2楽章 - ストラヴィンスキー/『春の祭典』第1部「大地の踊り」 - ストラヴィンスキー/『アゴン』〜ドゥーブル・パ=ドゥ=カトル - R. シュトラウス/歌劇『ばらの騎士』第2幕 - ブラームス/交響曲第4番第4楽章 - プスール/『交叉した色調』 - バッハ/ブランデンブルク協奏曲第1番第2楽章 - シェーンベルク/5つの管弦楽曲作品16〜第3曲「色彩」 - ベルク/歌劇『ヴォツェック』第3幕 - ベートーヴェン/交響曲第6番第2楽章 - ブーレーズ/『プリ・スロン・プリ』〜第1曲「賚」 - ウェーベルン/『第2カンタータ』第5楽章 - シュトックハウゼン/『グルッペン』。なお、歌詞(台詞)には、サミュエル・ベケットの小説『名づけえぬもの』(英語版。一部改変)からや、引用音楽のタイトル或いはそれに準ずるもの、音名(ソルフェージュ)などが使われている。
しかし、現在ではウォード・スウィングルの名前を知る人もほとんどいない。というより私自身も今回の記事を書くためにネット検索をかけるまで知らなかった。Swingleという姓がジャズでよく使われるswingという動詞と似ているために、グループ名が人名に由来としているという発想自体が出てこなかったのだ。半世紀近くもそれで済ませていた。
スウィングルの訃報も日本ではほとんど知られなかったようだ。そのためかどうか、現在でも上記Wikipediaにスウィングルの没年が記載されていない。あの高田がん(1930-2021)でさえ没年が記載されているというのに(笑)。
フランスで1973年にいったんグループが解散したあとイギリスで再結成されていたことも知らなかった。というより、フランスのグループだった認識さえなかった。
このグループについては、前記Wikipediaに書かれているLes Doubles Sixのさらに前史から現在までを網羅した下記サイトの記事がもっとも興味深い。
以下引用する。
1963年にパリに住むアメリカ人の音楽家、Ward Swingleがとんでもないグループを結成しました。バッハを「ダバダバ、ダバダバ」ってスキャットでやりだしたのです。
当時、アメリカからロックやポップスがヨーロッパに強い影響を及ぼす中で、彼は声楽の練習のためにバッハの"Well-tempered Clavichord"を使ってアカペラで唄わせていたのです。じつはもっと昔からバッハを題材にして、声楽の基礎訓練に使っていたのです。
彼は「バロック音楽の中で、バッハがもっともスイングする」といっています。63年にデビュー盤がPhilipsから出ますが、これがアメリカで大当たり。一躍、世界中に彼らの名が知れ渡りました。
(中略)
1973年に彼はこのグループを解散し、イギリス、ロンドンに移ります。なぜなら彼はイギリスのコラールの伝統が好きだったからなのです。そして、ルネッサンスとジャズ・スタンダードとアバンギャルドをレパートリーに入れたかったのです。イギリスでよりクラシックの訓練をうけたシンガーを見つけ、イギリス人版のSwingle Singersが誕生します。
当時、Swingle II と呼んでいましたが、はじめてビートルズの歌などを歌詞をつけて唄っていたレコードがありました。
イギリス・グループはもう25年も続いています。彼は85年にツアーからは身を引き、アメリカに帰り、音楽監督としてグループのアドバイスをしています。(1998/10)
(中略)
2005年の年明けに、ネットを通じてSwingle Singersの前身は、The Double Six of Parisというグループであることを教えてもらいました。群馬県在住のゴロピカリこと八木さんです。八木さんの情報では、
Double Six of Paris の前身、The Blue Starsはパリに渡ったブロッサム・ディアリーが1952年に結成したグループで、クリスチャンヌ・ルグランがメンバーでした。
翌年、後にスィングル・シンガースを結成するウォード・スィングルも加入しています。
グループは1957年にブロッサムが帰米し、解散しましたが、1959年になってランバート=ヘンドリックス=ロスの人気に刺激されて再びペランが結成したのがDouble Six of Parisです。
(中略)
訃 報
2015年1月19日 in Eastbourne, England
87歳
日本のメディアでは、Ward Swingleの訃報はどこにも出ていないようです。もう、誰も知らないのでしょうか。
Washington Postでは、
Ward Swingle, musician who made Bach swing, dies at 87.
と報じていました。
The SwinglesのHPは、
FacebookではThe Swingle Singersとなっています。正式にはThe Swinglesが現在のグループ名らしいです。
リンクを確認したが、現在ではFacebookでもグループ名はThe Swinglesとなっている。イギリスで再結成したあとはメンバーを入れ替え制にしたために、スウィングルの没後もグループ名に彼の名前が残っている。ふと、あの某元号政党は今後いつかは訪れる改元の日のあとにも現在の元号を残すのだろうかと思ってしまった。
実はここまでは今回当初予定していた記事の序論にあたる部分だ。しかし引用文がいずれも長いために既に6千字を超えた。実は記事に予定していた文章を大量に誤消去してしまい、書き直し始めたら序論の部分が膨れ上がってしまったのだ。だから本論に入ることすらできていない。また連載ものにするしかなくなったようだ。
というわけで、この項続きます。
[追記]
そういえばスウィングル・シンガーズの動画を一つもリンクしていなかった。記事中で言及した平均律曲集第2巻第9曲の2つ前に当たる第7番変ホ長調のプレリュードの動画を以下にリンクしておく。