KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

ポーより早く探偵小説の原型を発表した(?)ディケンズ『オリバー・ツイスト』/後年の作品の萌芽を多く含む村上春樹『1973年のピンボール』

 連休中にチャールズ・ディケンズ(1812-70)の長篇『荒涼館』(岩波文庫2017, 全4冊=原著1852-53)を読んだ余勢を駆って、同じ著者の有名作品ながら読んだことがなかった『オリバー・ツイスト』(原著1837-39)を2020年に出た光文社古典新訳文庫で読んだ。

 

www.kotensinyaku.jp

 

 この光文社版はずいぶん字が大きいので800頁以上あるが、『荒涼館』の第1巻冒頭のように読むのに難渋する箇所もなく、また訳者の唐戸信嘉氏が1980年生まれの方ということもあって読みやすい。

 主人公のオリバーは『荒涼館』のエスターと同じ孤児だが、オリバーの成長物語みたいなタイトルがついているにもかかわらず、物語中の時間の進行は少しだけなのでオリバーは幼いままだし、途中から脇役に成り下がる。

 こういう大きな欠陥のある小説だが、作中に出てくる悪人たちが活き活きとしているし、作者は明らかに彼らに感情移入している(但しボスキャラ格のモンクスは除く)。フェイギン、サイクスやナンシーたちがそうだが、ことにナンシーは印象に残る。

 また、本作はディケンズ1834年に成立した新救貧法を批判するメッセージを強く込めた社会派の作品だった。新救貧法について下記リンクより引用する。

http://www.y-history.net/appendix/wh0904-065_1.html

 

1834年の新救済法

 産業革命が進行し、資本家層が力をつけてくると、マルサスリカードに代表される救貧法・スピーナムランド制に対する批判は徐々に強まり、1834年に救貧法は改定されることとなった。この新救貧法は、

  • スピーナムランド制は廃止。
  • ワークハウス以外での勤労者の救済を厳しく制限、働くことの出来る人には働くことを強制し、それを拒否した場合は厳罰で臨む。
  • 地方の教区ごとの救貧対策を改め、恒久的な中央救貧行政局を設置。

 このように新救貧法アダム=スミス以来の経済自由主義の思想によるもので、労働者救済の側面では大きく後退した。労働者保護の立法は、同時に進んでおり、1823,4年には労働者の団結権の容認、1833年には工場法も制定される中で、この新救貧法に対して労働者は強く反対した。しかし、内容においては後退したものであったが、これによって教会や地域を単位とした救済ではなく、国家が統一的な施策で対応するという社会保障制度への第一歩となったという評価もある。<橘木 同上 p.10-12>  → ウェッブ夫妻 国民保険法 イギリスの社会保障制度

参考 1834年救貧法の評価

 現代イギリスの著名な歴史家の一人であるホブズボームが産業革命後のイギリスを分析したその著『産業と帝国』で、次のように言っている。

(引用)社会保障が労働者自身の努力に依存していたかぎり、したがってそれは中産階級の基準で見ると経済的に非能率になりがちであった。それが、わずかばかりの公共の援助を決定する彼の支配者に依存しているかぎりでは、それは物質的救済の手段であるよりはむしろ、堕落と抑圧の機関となった。1834年の救貧法ほど非人間的な法律はほとんどない。それはあらゆる救済を外部の最低賃金よりも「望ましくない」ものとし、貧民をその貧困のゆえに罰し、より以上に貧民をつくろうとする危険な誘惑からかれらを遠ざけるてめに強制的に夫と妻と子をひきはなして、監獄のような授産場に救済を限定したのである。それが完全に実施されたことはなかった。というのは貧民がつよいところではかれらはその極端さに抵抗したからであり、やがてそれはわずかながら刑罰的ではなくなった。しかしそれは第一次世界大戦の前夜にいたるまでイギリスの貧民救済の土台となっていたのであり、チャーリー・チャップリンの子供の時の経験は、ディッケンズの『オリヴァ・ツイスト』が1830年代のそれにたいする民衆の恐怖を表明したときと、ほとんどそのままであったことを示している。<ホブズボーム/浜林正夫他訳『産業と帝国』1984 未来社 p.106>

 

出典:http://www.y-history.net/appendix/wh0904-065_1.html

 

 また終わり近くで死刑執行直前のユダヤ人・フェイギンの姿を描いているが、訳者の唐戸氏が書いた解説文によるとディケンズは本作で描かれたような公開処刑を実際に目にしたことがあり、その上で公開処刑に反対し、それどころか死刑自体にも反対していたという。死刑存置論者だったのちのアガサ・クリスティ(1890-1976)とは真っ向から立場を異にするわけだ。イギリスの公開処刑制度はディケンズ最晩年の1868年に廃止された。死刑制度もイギリス最後の死刑が1964年、死刑制度廃止の始まりが1969年で完全廃止が1998年だったとのこと。

 

japanesewriterinuk.com

 

 但し、前記のユダヤ人・フェイギンの描写には、シェイクスピア(1564-1616)にもみられたユダヤ人差別が色濃く見られるとして批判されている。

 作品の完成度は『荒涼館』には全く及ばないというほかないが、『荒涼館』の特色の一つであるミステリ小説の先駆的な手法は本作にも見られる。この点に関して前記唐戸氏の解説文に興味深い指摘があったので以下に引用する。

 

(前略)ミシェル・フーコーが『監獄の誕生』で指摘したように、十八世紀から十九世紀初頭はヨーロッパの刑罰システムの改革期にあたり(イギリスは一番の後進国であった)、犯罪者の「人間性」の発見がこの時期に行われたのである。ディケンズもこうした改革を後押しする人々の一人であり、『オリバー・ツイスト』の悪人の描き方――たとえば死刑前夜のフェイギンの懊悩をリアルに描いた点など――を見てもそうした姿勢は如実にうかがえよう。

 犯罪に対する考え方が変化しつつあったこの時代には、本格的な警察機構が登場している。近代警察の登場が文学に与えた影響は計り知れない。なぜなら、犯罪者とその追跡者という構図を定着させ、探偵小説というジャンルを生み出したからである。本作に登場するボウ・ストリート中央警察はロンドン警視庁スコットランド・ヤード)の前身で、イギリスにおける近代警察の元祖――ちなみにこの組織をつくったのは序文でも言及される作家で治安判事でもあったヘンリー・フィールディング――であるが、ここから派遣される二人の刑事ブラザーズとダフが披露するコンキー・チックウィードの小話には探偵小説の原型がある。通常、探偵小説の嚆矢はエドガー・アラン・ポーの『モルグ街の殺人事件』(1841)とされるが、ここに探偵小説の萌芽を見てもあながち見当ちがいとはいえない。ディケンズの後期作品のミステリー的要素はしばしば批評家の指摘するところであるが、それは『オリバー・ツイスト』のような初期作品にも十分認められる特徴である。オリバーの出自の謎と最終場面のどんでん返しは、まさしく探偵小説的構造を備えている。探偵小説の作法に親しんだ私たちは、こうした部分をありきたりの技法として読んでしまうかもしれない。しかし、本作が書かれた時期には斬新なものであった。ディケンズは時代に先んじて謎解きという新しい物語構造に目をつけ、いち早く作品に織り込んでいるのである。

 

(チャールズ・ディケンズオリバー・ツイスト』(光文社古典新訳文庫, 2020)843-844頁)

 

 ここで言う「どんでん返し」が何を指すかは不明だが、物語の真ん中あたりで登場するヒロインのローズ・メイリーに関する事柄だったとするなら、ミステリを読み慣れていなくても、たいていの読者には意外感はないだろう。少なくとも私は「やはりそうきたか」と思った。しかし、180年前には新機軸だったということだ。

 なお上記引用文を含む「犯罪・監獄・警察」の項に続く本書844頁以降の「都市と探偵的興味」の項にはフリードリヒ・エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態――19世紀のロンドンとマンチェスター』(岩波文庫)からの引用も含まれる。右翼の読者は目を剥くかもしれないが、残念ながら既に十分長くなったのでここには引用しない。

 

 本作を読んだあと、さらに余勢を駆って村上春樹の『1973年のピンボール』(講談社文庫)を再読し、その舞台のモデルとなった場所のことや、同作が村上のその後の作品群、それも3部作の第3作にあたる『羊をめぐる冒険』のほか、第4長篇『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』や第5長篇『ノルウェイの森』、さらには村上の中期への転換点となった第8長篇『ねじまき鳥クロニクル』などの萌芽が多数含まれていることを知って、それらの諸作品を知らない頃にはさっぱり面白いと思わなかった『1973年のピンボール』の特徴に遅ればせながら気づいた。

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

 本作の半分は東京を舞台とする物語だが、残り半分の舞台が阪神間をモデルとしており、後者において西宮市や芦屋市に該当する箇所があることには初読時から気づいていた。しかし、それとともに東京を舞台とする第1〜11章を奇数章を一人称、西宮または芦屋を舞台のモデルとした偶数章を「鼠」を主人公とする三人称にして書き分けているが、これは村上自身の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の先駆をなすとともに、ディケンズが『荒涼館』で採用した方法を受け継いだ手法であることには今回初めて気づいた*1

 ただ、有料の下記ブログ記事の無料部分の終わりの方に面白い指摘がされているが、それには気づかなかった。

 

note.com

 

本作は、のちの村上作品の原型が、ほぼそのまま書かれている。

〈「僕」&「鼠」は作者の分身〉

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』での主人公の分身(影)につながる。

 

出典:https://note.com/doiyutaka/n/n7e1f297b868e

 

 一人称と三人称を交代させながら進む手法には気づいたが、「鼠」が「僕」の分身だという視点は私にはなかった。しかし言われてみれば確かにその通りだ。あと、直子という名の「僕」の死んだ彼女は『ノルウェイの森』を予告し*2、井戸は同作を含む村上作品の多くに登場し、双子は『ねじまき鳥クロニクル』に登場する。

 個人的な思い出としては、作品のモデルとなった西宮の今津灯台と芦屋市霊園のうち後者を、2002年に当時住んでいた岡山県から六甲山登山に行った時の帰りに散歩して、霊園の北の端から六行山山頂に至る登山口の入口の道標が立っていた(それも少し離れた場所に2箇所の登山口があった)が、踏み跡はいたって少なく「山と高原地図」にもルートが載っていないので、下手に行ったら道に迷って遭難しそうだなと思った記憶がある。

 下記の神戸新聞記事も興味深い。

 

www.kobe-np.co.jp

 

 記事中にある『海辺のカフカ』の甲村図書館は四国の高松にあったことにされているが、作中の記述だと屋島近辺にあたるはずだが該当の地にそのような図書館はない*3。やはりモデルは芦屋の図書館だったようだ。なお2019年春に青春18きっぷで北九州から東京まで途中一泊して鈍行列車の旅をした時*4、芦屋図書館打出分室を見に行こうと思ったら改修中で行けなかったことがあった。

 そういえば『海辺のカフカ』にも世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を回想させるような箇所があったけれども、『1973年のピンボール』には図書館は出てこなかった。

 最後に示す下記リンク先は、今津灯台や芦屋市霊園もさることながら、1960〜70年代に使われていたトースターの画像が懐かしい。

 

hontabi.com

 

 上記記事からリンクされた下記ツイートにトースターの画像が載っている。

 

 

 なお、『1973年のピンボール』では、ピンボールの稀少モデルに絡む物語もそれなりに面白い。本作に続く第3作の『羊をめぐる冒険』で村上春樹ベートーヴェンの『エロイカ』級の飛躍をしていると評価できる*5が、それに先立つ第2作である本作も、デビュー作の『風の歌を聴け』と比較するとかなりの飛躍があり、本作には後年の諸作品が既に胚胎しているといえる。ちょうどベートーヴェンの第2交響曲がそうであるように。

*1:初読時には『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』も『荒涼館』も知らなかったから気づきようがなかった。

*2:読書サイトを見ると、この点を指摘する読者は非常に多い。しかし、世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』との関係にまで言及しているレビューも散見されるものの、その数は少ない。

*3:私は2000年代には高松市民だった。

*4:この時には東京から北九州までの往路は新幹線で移動し、復路で青春18きっぷを使ったのだった。

*5:そういえばアガサ・クリスティの『アクロイド殺し』も名探偵ポワロものの第3作であり、前2作と比較して大きな飛躍を遂げているのだった。