KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

大岡昇平『事件』を読む

 純文学の小説家が戦後比較的早い時期に書いたミステリ系小説を2作続けて読んだ。大岡昇平(1909-1988)の『事件』(創元推理文庫2017;『朝日新聞』1961-62年連載時タイトル『若草物語』、単行本初出新潮社1977)と坂口安吾(1906-1955)の『不連続殺人事件』(新潮文庫2018;『日本小説』1947-48年連載、単行本初出イヴニングスター社1948)だ。後者には、『別冊サロン』1948年5月号に掲載された同じ作者の「アンゴウ」が併録されている。

 坂口の作品は、本屋で文庫本を見て買い込んだが「積ん読」にしてあった。前回取り上げたカズオ・イシグロの『日の名残り』と同じ時、確か昨年末か今年初め頃に買ったものだったと思う。

 その坂口作品を読む気になったのは、図書館で大岡昇平の『事件』の創元推理文庫版を見かけたからだ。これは裁判小説だが、大岡の小説は40年近く昔に『野火』を読んだことがあるだけで、こんな小説を書いていたことも知らなかった。文庫本で550頁(本文527頁)もある大作だが、興味を持ったら借りて(あるいは買って)読むのが私のモットーなので、早速借りて読んだ。60年近く前の古い小説だし、長大だし、裁判という堅苦しい題材を扱っているが、思いのほか読みやすくて面白かった。松本清張作品でも時折言及される旧刑事訴訟法(1922年制定)と新刑事訴訟法(1948年制定)との違いや「集中審理方式」の議論のほか、まだ関東地方の田舎が「東京化」が今ほど進んでいなかった1961年の時点での神奈川県西部の描写なども興味深かった。

 

www.webmysteries.jp

 

 宮部みゆきは、創元推理文庫版の巻頭(第1頁の表題下)に収められたエッセイ*1に、下記のように書いている。

 

(前略)普通の会社のOLから転職したのですが、そのきっかけとなったのがこの小説、『事件』を読んだことでした。(後略)

 

 前回取り上げた『日の名残り』で丸谷才一(1925-2012)の批評に言及したが、丸谷は『事件』を取り上げた「鼎談」も行っており、それはネットで読める。鼎談の相手は木村尚三郎(1930-2006)と山崎正和(1934-)。文藝春秋から出版された『鼎談書評』(1979)に収録されている書評を転載したもののようだ。

 

allreviews.jp

 

 『事件』は1978年に第31回日本推理作家協会賞を受賞したが、創元推理文庫版の巻末に収録された新保博久氏の解説によると、

(前略)大岡氏は必ずしも『事件』が推理小説というつもりはなかったが、受賞をことのほか喜び、「『不連続殺人事件』の坂口安吾、加田玲(ママ)太郎こと福永武彦にしっとの炎をもやしていたのですが、これでやっと肩を並べることができたわけです」(日本推理小説作家協会報354号/『問題小説』78年6月号)と手放しで嬉しがったものだ。福永(加田伶太郎)氏は協会賞を獲っていないが、大岡氏の意識では受賞作家と同格なのだろう。五選考委員が一致して推した選評は推理作家協会のサイトで閲覧できるので、ここには紹介しないが、これは協会賞史にとっても “事件” であった。

大岡昇平『事件』(創元推理文庫 2017)546頁)

とのことだ。

 

 これで坂口安吾の『不連続殺人事件』につながった。大岡昇平の『事件』を読んだことが「積ん読」にしてあった『不連続殺人事件』を読むきっかけになったことはいうまでもない。『不連続殺人事件』は次回取り上げる。

*1:初出は『ミステリー文学資料館ニュース』第18号(2009年3月)。