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古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

乱歩と清張:江戸川乱歩『D坂の殺人事件』(角川文庫)を読む

 最初に、このエントリにはネタバレが含まれていることをお断りしておきます。

 前エントリの佐々木譲『エトロフ発緊急電』の前、2月最初に読んだのが江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』(角川文庫)。どういうわけか、最近岩波を含めたあちこちの文庫本から乱歩の傑作選が出ているが、この角川のものが図書館で目についたので借りた。表題作のほか、「二銭銅貨」「何者」「心理試験」「地獄の道化師」を収録。

 

D坂の殺人事件 (角川文庫)

D坂の殺人事件 (角川文庫)

 

 

 私の興味は2点で、一つは、ここ5年あまりの間にさんざん読み尽くしてきた松本清張の先人としての乱歩、もう一つが日本における推理小説の草分けとしての乱歩。

 「D坂の殺人事件」(1924)は名探偵・明智小五郎が初めて登場した作品。「二銭銅貨」(1922)は日本における最初の本格推理小説とされる作品。「何者」(1929)は明智探偵ものの中篇で、探偵(明智ではない)と被害者と犯人の一人三役と二段落ちがミソ。二段落ちというのは、被害者兼犯人の「名推理」が「赤井さん」という登場人物によってひっくり返されること。その「赤井さん」が実は明智だった。この二段落ちは清張の常套手段で、清張は二段落ちどころか三段落ちなんかも平気でやっていた。読みながらいつも「またかよ」と思う。私は清張のこういう小細工はあまり好んでいない。清張の本領は何といっても登場人物の心理描写にあると思っている。だから、清張の悪しき先人は乱歩だったのかと思ってしまった(笑)。

 「心理試験」(1925)も明智探偵ものだが、その清張を夢中にさせた作品として知られる。それもそのはず、題名からも明らかなように、この作品は犯人の心理描写に特徴がある。そういえば清張の短篇にもこの「心理試験」の影響を受けたような作品があったような気がするが、題名が思い出せない。

 一方、清張と引き比べて全く見劣りし、こんな作品は読むだけ時間のムダだと思ったのが最後の「地獄の道化師」(1934)だ。この作品は収録作中一番最後に書かれているが、明智探偵の助手・小林少年が出てくるなど、小学生の頃に読んだポプラ社の子ども向けシリーズを思い出した。しかし、犯人が殺人を犯した動機となった「自らの容貌に対するコンプレックス」は、自身が同じコンプレックスを持っていたとされる清張がいくつもの傑作を書いているのに対して、「地獄の道化師」ではそういった犯人側からの描写がほとんどなく、むしろ犯人に対する乱歩の差別的な眼差しさえ感じられて不愉快だった。二度と読みたくない愚作だ。もしかしたら、この作品が書かれた1934年には既に乱歩の作家としての才能は枯渇していたのではないかとさえ思った。そんなわけで、この「地獄の道化師」の代わりに他の作品が収録されていれば、なかなか良いセレクションだったのになあ、と惜しまれた。

 下記は乱歩と清張について、ネット検索をかけて拾ったもの。

 

 松本清張も乱歩の作品を読んだ頃をふり返って懐しんでいるが、「彼の初期の一連の作品群は、彼の後半期の諸作品がいかようにあれ、燦然として不滅の栄光を放っている。彼のような天才は、これからも当分は現われないであろう。少くとも、今後四半世紀は絶望のように私には思える」と讚辞を惜しまない。

出典:http://www.e-net.or.jp/user/stako/ED2/E10-01.html

 

松本清張は乱歩の『D坂の殺人事件』、『心理試験』といった初期作品は褒めているのですが、後年のけれん味の強い作品については「出版社の通俗趣味に迎合した作品」と、やや批判的でした。

社会派の清張からすれば、ひとつ間違えれば単なる猟奇趣味にしか思えない設定の奇抜さが通俗に見えたのでしょう。『一寸法師』だったか、等身大の石膏像から血がしたたり落ちる、というような導入の作品もありました。

出典:https://ncode.syosetu.com/n1202cx/

 

 やはり清張もそう思っていたのか、さもありなんと思った。

 あとの方の引用文に、「等身大の石膏像から血がしたたり落ちる、というような導入の作品」と書かれているが、それこそ「地獄の道化師」ではないかと思った。だが、「一寸法師」(1927)も被害者の体をバラバラにして小包で送る作品らしいし、他にも死体を石膏像に塗り込めるパターンを乱歩は何度か使っていたらしい。

 ところで、先ほどはしょった「二銭銅貨」だが、エドガー・アラン・ポーの「黄金虫」及びそれを下敷きにしたコナン・ドイルの「踊る人形」をもとにした作品であることはよく知られている。ところがそれだけではなく、二銭銅貨のからくりにも下敷きがあって、それはヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』だった。詳しくは下記2件のリンクを参照されたい。

 

www2.hp-ez.com

 

www.squibbon.net

 

 ここまで書いたところで時間になったのでこの記事はこれでおしまい。