KJ's Books and Music

古寺多見(kojitaken)の本と音楽のブログ

松本清張『風の視線』、『軍師の境遇』、『死の発送』を読む

 3か月かけて全9巻の『昭和史発掘』(文春文庫, 新装版2005)を読んだあと、6月は月またぎで読んだ2作品をあわせて6タイトル9冊の清張の小説を読んだ。要するに清張の大半の作品を読もうという野望があるわけで、それももう中盤戦に差しかかってきたので、6作はいずれも有名作品ではない。5月末から6月初めにかけて読んだ『混声の森』については前の記事に書いたので、残り5タイトルについて書く(結局この記事には3タイトルについてしか書けなかった=追記)。

 

 まず最初に読んだのは、清張が1961年に『女性自身』に連載したメロドラマ『風の視線』だった。当時の清張は女性雑誌にメロドラマまで書いていたのだ。この作品の前にも『波の塔』(1959-60年『女性自身』連載)があり、後にも同じ雑誌に掲載された作品があるようだが、正直言って、この『風の視線』はあまり面白いとは思わなかった。

 

 

 

 この頃の清張作品には、しばしば「書き飛ばしているな」との印象を持つものが少なくないが、この小説もその一つ。「書き飛ばしている」とはわかっていても引き込まれたのがサスペンスものの『影の地帯』(1959-60, 地方紙連載)などで、そういう作品は一気に読めるのだが、この作品にはそれもなく、それでもセリフが多くて頁がスカスカなので読んだ総時間数は少ないけれども、読んだ頃に忙しかったこともあって少しずつ読み、結局読破に6日間をかけた(6月11日から16日まで)。

 

 デビューの遅かった清張の1960年前後といえば50歳前後の時期に当たるが、当時の清張は何でも書いた。前記『風の視線』は女性週刊誌の読者向けのメロドラマだったが、その次に読んだ「軍師の境遇」は黒田勘兵衛を主人公とした高校生向けの歴史小説で、『高校コース』という雑誌(おそらくかつて存在した学研の『高1コース』、『高2コース』、『高3コース』の総称と思われる)の1956年4月号から翌年3月号にかけて連載された。

 

軍師の境遇 新装版 (角川文庫)

軍師の境遇 新装版 (角川文庫)

 

 

 この作品は、実は去年河出文庫版で読んだことがあるが、上記角川文庫版には表題作以外に「逃亡者」、「板元画譜」の2作が収められており、それらが河出文庫版には収録されていなかったことを知って、角川文庫版を読んだ*1。その際、表題作「軍師の境遇」を再読したが、角川書店版と河出書房版の違いを何箇所か発見してしまった。

 まず、作品で中盤の舞台となった有岡城の所在地の現在の名称として、角川文庫版には「(大阪府伊丹市)」と書かれているが、伊丹はいうまでもなく大阪府ではなく兵庫県に属する。伊丹には「大阪国際空港」があるから清勘違いしたものだろうが、1987年の単行本初出以来、角川書店はその誤りを放置していたに違いない。そしてこの誤りは新装版発行の際にも改められなかった。

 それから、岡山の宇喜多直家(及び子の秀家)の姓を、清張は主に「浮田」と表記しているのだが、角川版には初めの方と後半で一部「宇喜多」と表記している部分があって、大半の「浮田」表記と一部の「宇喜多」表記が混在している。しかも、最初に「宇喜多」が登場した時には「字喜多」と誤植されている。一方、あとから文庫化した有利さもあるのだろうが、河出文庫版ではすべて「浮田」で統一されている。

 なお、角川文庫所収の3作中では、最初の「軍師の境遇」は高校生向けだけあって平易で短時間で読めるが、あとの作品ほど1頁あたりの読書時間がかかった。文庫本の解説には雑誌の初出が示されていないが、初出の情報は下記のブログ記事を参照して知った。角川文庫の旧版には初出が明記されていたようだ。

 

d.hatena.ne.jp

以下、上記ブログ記事から引用する。

 

 角川文庫6796は頁付があるのは285頁までで、その裏は次のようになっている。

本書収録作品の初出誌、発表年月日(号)は、以下の通りである。

軍師の境遇 「高校コース」昭和三一・四~三二・三(原題「黒田如水」)

逃亡者   「別冊文藝春秋」昭和三六・一二

板元画譜  「別冊文藝春秋」昭和四六・一二

 

 その次が奥付。改版(新装版)の角川文庫18107にはこのような初出データはなく、その代わりに287~294頁3行め、葉室鱗「解説」があるのだが、執筆・発表時期・発表媒体に触れるところがない。台詞を多用し細かく段落分けしている「高校コース」に対し、「別冊文藝春秋」の方は一段落が長くなっていることは一目瞭然で、1頁当りの字数は42字×16行の方が38字×17行よりも多いから、「別冊文藝春秋」発表の2点は前者の方が頁数が少なくなっているが、「高校コース」発表の「軍師の境遇」のみ、1頁の字数ではなく行数の多い後者の方が頁数が減っているのである。もちろん、今やネットですぐに調べられる時代になったのではあるけれども、やはりそれを裏付ける情報は書籍に明記して置くべきだと思う。(以下続稿)

 

  新装版と旧版の頁数と行数の変化が高校生向けの表題作と他の2作品で異なるというのは面白い指摘だし、作品の初出を書籍に明記すべきだというのは当たり前のことだと思うのだが、角川書店はそれをやらない。私が初めて文庫本に接するようになった子ども時代(1970年代中頃)には、角川文庫の存在感は今より高かったのだが、その直後に角川書店の創業者・角川源義(かどかわ・げんよし。通称かどかわ・げんぎ)が亡くなり、後を継いだ2世の角川春樹が、横溝正史作品と角川映画のタイアップなどを行って角川商法が一世を風靡したこともあった。しかし、『軍師の境遇』の文庫本新装版発行に当たって原作の誤りをそのままにしたり、作品の初出の情報が旧版には記載されていたのに新装版ではその記載を省いてしまったりしていることには、「いかにもという感じのの角川クォリティだな」と思わずにはいられない。

 なお、同じ『別冊文藝春秋』の2作を比較しても、1971年の「板元画譜」の方が1961年の「逃亡者」より読むのに時間がかかったのは、描写した対象の分野が異なるせいもあるだろうが、それよりも10年間で清張の文体が変化したためだろう。「版元画譜」の方がよく書き込まれていて、作品の質としても「逃亡者」より上だと私は思った。

 この角川文庫新装版『軍師の境遇』は6月17日から翌日にかけて読んだ。

 

 続いて読んだのが同じ角川文庫の『死の発送』。

 

死の発送  新装版 (角川文庫)

死の発送 新装版 (角川文庫)

 

 

 Wikipediaによると、この作品は

『渇いた配色』のタイトルで『週刊コウロン』に連載され(1961年4月10日号 - 8月21日号)、同誌休刊後、『小説中央公論』に掲載(1962年5月・10月・12月号)、加筆・訂正の上、1982年11月にカドカワノベルズより刊行された。

とのこと。多作期に作られたが、掲載誌の休刊があり、なおかつ作品の出来に清張が満足できなかったのかどうか、それとも作品中の誤りを指摘されたのかどうか、長く単行本化されずに放置されていた作品に角川が目をつけて、1982年にようやく単行本として陽の目を見た作品のようだ。

 とはいえ清張得意の鉄道を利用した凝ったトリックがあり、結構読み応えはある。結末が少々あっけないので、清張の代表作郡には数え入れられないかも知れないが、悪い作品ではない。2014年にフジテレビ開局55周年記念番組として向井理主演でドラマ化もされたようだ(前記Wikipediaより)。6月18日から21日にかけて読んだ。

 

 実は6月の清張作品のメインディッシュはこのあとに読んだ作品なのだが、ここまででもう随分長くなったので記事を分けることにする。続きは明日以降に公開の予定。

*1:河出文庫版の発行(2014年)も、角川文庫版の改装版発行(2013年)も、ともに2014年のNHK大河ドラマ『軍師勘兵衛』の放送に合わせたものと推測される。